最新記事

東南アジア

タイ動乱は「内戦」に発展するか

2010年4月26日(月)17時52分
パトリック・ウィン

治安部隊が赤シャツ隊に寝返る?

 赤シャツ隊を「水牛」と呼ぶなどの侮辱や、「田舎の有権者は教育水準が低いから、腐敗した政治家に簡単にだまされる」という政府寄りのコラムニストらの主張も、赤シャツ隊の恨みを増幅させている。地方出身者が多い「赤シャツ隊にとっては、彼らの世界や生活を拒絶する発言だ」と、ヒュイソンは言う。さらに、現首相とその側近を「殺人者であり暴君」だとあざ笑うデモの指導者の言葉も、貧困層の怒りに油を注いでいる。

 では、軍や政治家はなぜ武力でデモを鎮圧しないのか。赤シャツ隊は、多くの警官や兵士が自分たちの活動に共感していると主張する。兵士がデモ隊側に寝返るのではないかという疑念も、内戦勃発のシナリオの信ぴょう性を高めるのに一役買っている。

 実際、軍や警察内部に赤シャツ隊支持者がいるのは事実だと、フェラーラは言う。ただし、政治的イデオロギーとは関係なく、あと1年ももたないかもしれない政権のために、市民を殺すのは嫌だと考える兵士も多い。

 反政府勢力の取り締まりに関する上官の指示に従わないよう治安部隊内の支援者に呼びかけることで、赤シャツ隊は治安部隊の内部分裂の一因をつくってきた。4月10日に行われたデモ隊の強制排除(バンコクでは過去18年間で最大の死傷者が出た)では、兵士はデモ隊に発砲したものの、その後逃げ出して作戦は失敗。軍はデモ隊がライフルを奪うのを見逃し、6台の武装車を捨てて立ち去った。

「兵士を恐れる必要はない」と、バンコク郊外の行商人で赤シャツ隊に参加する33歳のサンティ・サラタイは言う。「政府が恐ろしい発表をすればするほど、より多くの人間が(赤シャツ隊に)加わる。兵士はわれわれを攻撃できるほど勇敢ではない」

バンコクを越えて地方にも飛び火

 これが内戦でないのなら、一体何と呼べばいいのか。都市部と地方の分断が一段と悪化し、暴力的なデモ行為が散発的に発生しているのが実態だ。

 地方住民と都市部の労働者は、新たな総選挙が行われるまでデモを続けるだろう。だが、彼らが支持する政党が選挙で勝利したとしても、今度は現政権の支持層が似たようなデモを繰り広げて国を麻痺状態に陥らせるかもしれない。

 軍や政府が恐れるのは、選挙のために赤シャツ隊の要求を受け入れることで、デモ参加者を集めさえすれば政権に影響を及ぼせるという危険な前例が生まれること。「タイ社会にさらなる憎しみと分断が生じれば、内戦に発展しかねない」と、地元紙マテチョンは指摘する。「互いを傷つけ、互いを信頼せず、社会の傷は深まる一方だ」

 対立はすでにバンコクを越えて、北部の州にも飛び火しており、警察や行政のトップが反政府勢力への支持を公言している。先週には、軍需品を積んだ列車が地元住民によって止められた。デモ隊の新たな取り締まりに、この武器が使われることを懸念したからだ。住民がピックアップトラックで列車の行く手を阻んでも、地元当局は何の手も打とうとしなかった。

「地方でのこうした動きは長い将来に渡ってアピシット政権を悩ましそうだ」と、ヒュイソンは言う。「列車の強奪も道路の封鎖も、電力供給やダム、燃料、道路の破壊もすべて(将来起こりうると)話題になっている」

*グローバル・ポスト特約
GlobalPost.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、総合的な不動産対策発表 地方政府が住宅購入

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ビジネス

中国平安保険、HSBC株の保有継続へ=関係筋

ワールド

北朝鮮が短距離ミサイルを発射、日本のEEZ内への飛
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中