ロックンロールの帝王を捨てた女性の物語、映画『プリシラ』が描くエルヴィスへの愛と別れ
Living With Elvis
21歳 で結婚したが、6年で破局した ©THE APARTMENT S.R.L ALL RIGHTS RESERVED 2023
<妻の視点に寄り添い伝説を解体する『プリシラ』──ソフィア・コッポラ監督の話題作を他のエルヴィス映画と比較すると>
ロックンロールの帝王と結婚した女性の物語を、映画は何度も伝えてきた。だがプリシラ・プレスリーを主役に据えたのは、彼女の回想録『私のエルヴィス』(邦訳・新潮文庫)を基にしたソフィア・コッポラ監督の新作『プリシラ』が初めてだ。
映画でのプリシラの扱いは準主役から端役まで幅広い。例えば『エルヴィスとニクソン』(1997年)のプリシラは、出てくるなり夫の金遣いに文句を言って退場した。
過去の作品と比べるにつけ、彼女の視点に寄り添いエルヴィス・プレスリーを伝説ではなく一人の男として描いた点で、『プリシラ』は際立つ。
最も対照的なのはバズ・ラーマン監督の『エルヴィス』(2022年)だろう。14歳のプリシラ(オリビア・デヨング)は1959年、父の赴任先ドイツで10歳上のエルヴィス(オースティン・バトラー)と出会う。ラーマンはなれそめを描かず彼女の若さにも触れず、2人の最初の10年を描写しない。
ジョン・カーペンター監督の1979年の『ザ・シンガー』では、プリシラ( シーズン・ヒューブリー)はパーティー会場に足を踏み入れた瞬間エルヴィス(カート・ラッセル)と見つめ合う。彼女の年齢は明かされない。
翻ってコッポラは、プリシラ(ケイリー・スピーニー)の若さを片時も観客に忘れさせない。
14歳のプリシラはパーティーで取り巻きに囲まれるスターを見て、うっとりする。高校生だろうと見当を付け、エルヴィス(ジェイコブ・エロルディ)は彼女に学年を尋ねる。プリシラは「9学年よ(日本の中学3年生に相当)」と答え、「まだ子供だ」と笑われてムッとする。
回想録で描かれるエルヴィスは支配欲が強い。プリシラの存在を世間から隠し、女優らと派手に浮名を流しながら、彼女にはセックスは「神聖」だと言って結婚まで一線を越えようとしなかった。
一方2人の愛は本物で、離婚後も消えることはなかったとも、プリシラは書いた。
複雑な関係をコッポラは肯定するでもなく、そのまま提示する。目が合った瞬間プリシラとエルヴィスが恋に落ちたのは明らかだが、カメラは恋する2人を暗くあせた色調で遠くから捉える。
特権に縛られ身動きが取れなくなった若い女の物語といえば、思い出すのはコッポラの『マリー・アントワネット』(2006年)だ。しかしこちらが王妃の贅沢三昧を明るく描いたのに対し、『プリシラ』は果たされない約束やかなわない夢がずしりと重い。ベルサイユ宮殿は陽光にあふれていたが、エルヴィスの邸宅グレースランドは陰気で息苦しい。取り巻きだらけの邸宅にプライバシーはなく、エルヴィスが巡業に出ると閉塞感はさらに募る。
高校生のうちにグレースランドに越したプリシラに、エルヴィスの父親は「他人は家に呼ばないように」と言い渡す。学校の友達も家に呼べない彼女は、孤独な女王だ。