最新記事

米社会

自閉症が個性と認められるまで

2009年7月16日(木)14時22分
クロディア・カルブ

本物の自閉症ではなという非難も

 不随意運動などを伴う難病のハンチントン病の出生前診断は既に行われている。それを望む人の気持ちは十分に尊重されなければならないだろう。

 ただし自閉症は命に関わる病気ではない。自閉症でない人が自閉症児を産むか産まないかを決めていいものか。「いいとすれば僕らのような人間はこの世で不要だということだ」とネエマンは語る。

 ネエマンのような人間が排除されるかもしれないなんて、考えるだけでぞっとする。ダウン症の胎児の人工妊娠中絶は今では珍しくない。自閉症に対する親の不安を考えれば、同じことが起きないとは言い切れない。自閉症者のいない世の中はどんな世界になるのだろう。

 自閉症の症状は多様なだけに、出生前診断に関する判断も難しくなりそうだ。胎児が軽度の自閉症か重い自閉症かを知りたがる親が出てくるかもしれない。

 ネエマンは奇妙な偏見と闘っている。本物の自閉症者ではないと非難する声があるのだ。母親のリナに言わせれば心外な批判だ。「子供の頃のアリは今の姿からは想像できないほどの苦しみを味わった」

 幼い頃のネエマンは、言葉の面では早熟でも対人面で問題があった。「僕は周囲の人を理解できず、周囲も僕を理解できなかった」とネエマンは言う。

 いじめられ、仲間外れにされた。当時は他人の目を見られなかった。手をひらひらさせ、ひっきりなしに歩き回った(この症状は今でもある)。「『変人』と思われたかもしれない」とネエマンは語る。

 一時は特殊学級に入った。抑鬱と不安が高じ、血が出るまで顔を引っかいたこともあった。

外国語のように学んだ社交術

 今でも雑談は苦手だ。相手に合わせることを学んだが、楽ではない。「会議が終わるまで仮面を着けている。相手の目を見て、ワンパターンの言葉を返すんだ」とネエマン。「スムーズにできるようになっても演技していることに変わりはない。本当に疲れるよ」

 ネエマンは以前、対人関係のトレーニングで、人はうれしいと歯を見せて笑い、悲しいときは顔をしかめると教わった。「(そんなオーバーな表情の人はいないので)なぜ周囲の人たちはうれしくも悲しくもないんだろうと不思議に思った」とネエマンは言う。

 自閉症者にとって、社交術は外国語のようなものかもしれない。どんなに流暢になっても決してネイティブにはなれない。

「知り合いの自閉症者で、ネットワークづくりに特別な関心と才能を持っているのはアリだけ」だと語るのは活動家仲間のケーティー・ミラー。「でも自然にそうなったわけじゃない。アリはほかのみんなが算数を学ぶようにネットワークづくりを学んだ」

 ネエマンはネクタイを締めるのが好きだ。首の周りに程良い圧力がかかって落ち着くと言う。「不安を静めるのにいい」

 彼は最近、自閉症研究に資金提供しているダン・マリノ財団と共同で、自閉症に対する誤解をなくす啓蒙活動に取り組んでいる。

 ネエマンは赤いセーターにネクタイ姿で公共広告に登場。特殊な装置を使ってコミュニケーションを取る他の自閉症者らも一緒に出演している。「僕らの未来は閉ざされていない」とネエマンは語り掛ける。「僕らの人生は悲劇なんかじゃない」

 ネエマンは私たちに訴えている──僕たちはあなたの目の前にいる。僕たちを世界から消し去らないで。

[2009年6月17日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、6月利下げが適切 以後は慎重に判断─シュナ

ビジネス

中国4月鉱工業生産、予想以上に加速 小売売上高は減

ワールド

訂正-ポーランドのトゥスク首相脅迫か、Xに投稿 当

ビジネス

午前の日経平均は反落、前日の反動や米株安で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中