最新記事
バイオ技術

掛け軸、巻き物...日本の紙文化財を守る素材「新古糊」の凄さ

2024年3月28日(木)11時30分
一ノ瀬伸
林原・新古糊と従来の古糊

修復した掛軸の柔軟性を「林原・新古糊」(左)と従来の製法で作られた古糊で比較

<掛け軸や巻き物の本紙と裏打紙の接着に使用される「古糊」は、製造に約10年の年月を要するため、急なニーズに対応できないという弱点があった。一方、2010年に発表された「林原・新古糊」は古糊とほとんど同じ機能を持つ上に、約2週間という短期間で製造される。この素材の価値と開発背景を紹介する>

岡山県に本社を置くバイオ企業・林原(※)の製造する素材が今日、文化財保存の分野で活躍している。

※ 林原は2024年4月1日より、社名を「Nagase Viita(ナガセヴィータ)」に変更する。「Viita(ヴィータ)」は「生命/暮らし」を表すラテン語の「Vita」に「i」を加え、生命が寄り添う様子を表現した造語

なかでも注目なのが、木材や金属を保存する効果が認められた多機能糖質のトレハロースだ。1995年に同社が量産化に成功したことで、それまで化粧品や医療品に限られていた使用範囲が食品にも広がり、今では幅広い用途で使われるようになった糖の一種である。長崎県松浦市では、海中から引き揚げられた「元寇」沈没船の遺物を保存するプロジェクトに用いられている。

【関連記事】食品だけじゃない? 元寇の沈没船遺物も保存できる糖質「トレハロース」の機能と可能性|PR

文化財保存に貢献している同社の素材は、トレハロース以外にもある。2010年から販売している「林原・新古糊(しんふるのり)」もその一つだ。貴重な美術品を後世に伝えるために重宝される「新しくて古い糊」とは一体どんな素材なのか──。

10年要する工程を2週間で製造

まずは、「古糊(ふるのり)」について説明する必要があるだろう。古糊は、小麦でんぷんを煮て作った糊を10年ほど熟成させたもの。掛け軸や巻き物の本紙と裏打紙の接着に使用されている、日本の伝統的な材料だ。

接着力が適度で乾燥後も柔軟性を保ち、修復時には水分を与えれば簡単に剥がせるという特長がある。だが一方で、製造に長い時間を要し、一定量を超える急な使用ニーズに対応しにくいという弱点があった。

そこで2002年、バイオ技術に強い林原と国立文化財機構東京文化財研究(東文研)、文化財の保存・修復を手掛ける京都の企業、岡墨光堂が共同で、古糊と同じ特徴を持つ糊の開発に着手した。林原の広報担当者は、開発の経緯と意義を次のように説明する。

「古糊は入手しにくいため、安易に合成接着剤による修復が行われてしまうケースがあり、将来の修復が不可能になることが懸念されました。当社のでんぷんに対する知見を活かし、国内外にある日本の文化財を後世に引き継ぐことを目指しました。過去に複数のアカデミアが挑戦するも確定には至らなかった古糊の生成メカニズムを解明することによって、技術力の証明になるとも考えました」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米コノコがマラソン・オイル買収へ協議、評価額150

ビジネス

日経平均は続落、国内金利の上昇が重し 保険株は底堅

ビジネス

三菱電、25年度のパワー半導体売上高目標を2600

ビジネス

韓国サムスン電子労組、来週初のスト実施を警告 賃上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 2

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 3

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 4

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧…

  • 7

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 10

    「天国に一番近い島」で起きた暴動、フランスがニュ…

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 6

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中