最新記事

都市

さびれた街だからこそ狙い目、リモートとDXの時代に「工業都市」復活の兆し

REVIVING RUST BELTS

2022年2月4日(金)18時44分
ミシェル・セラフィネリ(英エセックス大学経済学講師)
ペンシルベニア州ブラドック

かつて製鉄で栄えた米ペンシルベニア州ブラドックの街並み ANDREW LICHTENSTEIN-CORBIS/GETTY IMAGES

<パンデミック後に訪れるDX時代には、物価の安い旧工業地帯が高度人材の集積地になる可能性。だが全ての都市にチャンスがある訳ではない>

何年も前から「在宅勤務革命」の到来が予告されてきたが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによってついに実現したようだ。感染拡大の第1波が襲来した2020年4月、イギリスでは47%の人がオフィスに出社せず、自宅で仕事をした。

この構造変化は、20世紀から続く別の変化を少なくとも部分的に打ち消す可能性がある。1970年代以降、イギリスでは製造業が衰退し、ハル、シェフィールドなど一部の都市は高失業率と人口流出のスパイラルに陥り、それが今日まで続いている。この傾向はフランスのサンテティエンヌ、ドイツのウッパータール、アメリカのデトロイトなど他の国のラストベルト(さびついた工業地帯)都市も同様だ。

だが適切な条件が満たされれば、テレワークの普及はこのスパイラルに終止符を打つ可能性がある。

パンデミックが収束しても、テレワークが終わるとは考えにくい。むしろオフィスと自宅の両方で働くことを推奨する職場が出てくるだろう。組織によっては週2〜3日以上は出社しないよう求めるかもしれない。

パンデミックが収束すれば、物価の安いラストベルト地域は高スキルの労働者を引き付ける可能性がある。

ラストベルト再生の可能性を理解するためには、「雇用の乗数効果」を考えてみるといい。具体的には、熟練労働者の存在が地元の商品やサービスに対する需要の増加を通じ、他の雇用を生み出す効果だ。

例えば、ビデオ会議アプリのズーム(Zoom)を使った仕事(働く場所は自宅やコワーキングスペース)が終わると、熟練労働者は外に出たくなる。その結果、バリスタ、ウエーター、シェフ、さらにはタクシー運転手も恩恵を受ける。自宅のリフォームを思い立ち、地元の建築家に依頼する人もいるはずだ。週に1〜2回はヨガに行くかもしれない。

「人的資本の質」が決め手

さらにラストベルトで過ごす時間が増える人々の一部は起業家であり、彼らが再生可能エネルギー、観光、高品質な農業・食品、手工芸などの分野でチャンスをつかめば、新しいビジネスが生まれるかもしれない。

つまり、自宅で仕事ができるようになると、理論上は新たな成長機会の創出につながる可能性がある。

ただし、全てのラストベルト都市が成功できるわけではない。製造業の雇用が減り始めた70年代以降を見ても、労働市場のパフォーマンスは都市によって大きな差があった。

在宅勤務の増加に伴い、なぜ大きな都市間格差が生じるのか。それを理解するためには、まず「人的資本の質」に注目する必要がある。例えば、A地域がB地域より大卒労働者の比率が大きい場合、その地域は人的資本の質が高く、産業の衰退から回復する可能性も高い。

労働者のスキルは地域再生の鍵であり、専門家は職業訓練の強化や、知識の集積とイノベーションを促進する政策を進言している。

もう1つの重要な課題はデジタルデバイド -- インターネットへのアクセスに恵まれた地域とそれ以外との差だ。イギリスでは農村部だけでなく、ロンドンやマンチェスター、リバプールなどの中心部もネット環境の整備が進んでいない。この格差の是正は新型コロナ以前にも雇用創出のために重要だったが、今後は最優先課題として取り組むべきだ。

欧米のラストベルトはテレワークによる再生のチャンスに恵まれているが、いくつかの重要な課題もある。政府は成功の可能性を最大化するため、職業訓練の強化、高速ブロードバンド網への投資、ラストベルトとロンドンを結ぶ交通網の改善などの施策を検討すべきだ。

dx2022_mook_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

ニューズウィーク日本版SPECIAL ISSUE「成功するDX 2022」が好評発売中。小売り、金融、製造......企業サバイバルの鍵を握るDXを各業界の最新事例から学ぶ。[巻頭インタビュー]石倉洋子(デジタル庁デジタル監)、石角友愛(パロアルトインサイトCEO)

The Conversation

Michel Serafinelli, Lecturer in Economics, University of Essex

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、盗んだ1.47億ドル相当の暗号資産を洗浄=

ビジネス

米家計債務、第1四半期は17.6兆ドルに増加 延滞

ビジネス

米国株式市場=上昇、ナスダック最高値 CPIに注目

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、PPIはインフレ高止まりを
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 7

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中