最新記事
映画

孤独な男と「謎の宇宙グモ」の友情に、まさか涙するとは...映画『スペースマン』の奇怪な魅力

A Far-Out Drama

2024年3月29日(金)17時48分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

newsweekjp_20240329025617.jpg

妻のレンカは離婚の決意を固めている COURTESY OF NETFLIX

一方、ヤクブの妻レンカを演じたマリガンは、結果として宝の持ち腐れ。前作『マエストロ:その音楽と愛と』で濃密な演技力を見せつけたばかりなのに、本作では「膨らみかけたおなかに当てた手を離せない不安げな妊婦」という救い難く退屈な役柄に甘んじている。

本作の序盤で、レンカは夫に宛てたビデオメッセージを録画し、涙ながらに「もう別れましょう」と訴える。しかしヤクブを任務に集中させたい司令官のトゥマ(ロッセリーニ)は、そのメッセージを送信させない。こうなると、もはやヤクブが聞ける人間の声は管制センターに陣取る通信技術者の事務的な声だけ。むろん、孤独が身に染みる。

扉の向こうにいたのは8つの目を持つ謎の生物

そんなある日、ヤクブは宇宙船内の食料保管庫につながる扉を開いた。すると、そこに待っていたのは8つの目を持つ巨大なクモのような生物。

どうせ孤独と不安にさいなまれた男の見た絶望的な幻影だなと、誰もが思うところだが、そうではない。人類よりも早くから宇宙空間で生きてきた賢いクモは、ヤクブと同様にリアルな存在だ。

それに気付いたヤクブは、有名な「プラハの天文時計」の製作者とされる伝説の時計職人の名にちなみ、このクモをハヌーシュと名付ける。

宇宙グモのハヌーシュはヤクブの精神状態を気遣い、彼の抑圧された幼少期の記憶を探り、もっとありのままの自分をさらけ出すよう促す。最初はそのなれなれしさに圧倒されてハヌーシュを敬遠していたヤクブも、徐々にハヌーシュを受け入れ、その助言に耳を傾けるようになる。

ハヌーシュの過去は明かされない。彼はずっと昔から存在していたと言うのだが、永遠の命があるわけでもないらしい。自分のいた惑星はずっと前に破壊されたと言うが、どんな惑星だったのか、なぜ滅びたのかは不明だ。どうやって宇宙を漂い、宇宙船に入り込んだのかも明かされることはない。

それでもダノの静かな声と、低予算とはいえ巧みなCG映像が功を奏し、ハヌーシュはその一風変わった行動で観客の記憶に残る。例えば、彼は宇宙船の食品庫に保管されているヘーゼルナッツペーストが大好物。「故郷の惑星で食べていた幼虫を思い出す」らしい。また、彼はヤクブを「痩せ人間」と呼ぶのだが、実際のヤクブは典型的な「おじさん体形」だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国テンセント、第1四半期は予想上回る6%増収 広

ワールド

ロシア大統領府人事、プーチン氏側近パトルシェフ氏を

ビジネス

米4月卸売物価、前月比+0.5%で予想以上に加速 

ビジネス

米関税引き上げ、中国が強い不満表明 「断固とした措
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 7

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中