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「呼吸一つでさえも、芸術」多くの人を救う、羽生結弦の演技の魅力とは?

2022年11月4日(金)08時06分
ヒオカ(ライター)

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「くしゃっとした笑顔。このあざとさ。天使なのか? 妖精なのか??! 羽生くんっっっ!」(ヒオカ氏談)『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』58頁より ⓒEPA=時事


曲がかかれば、その曲の世界観に完全に入り込む。そしてその本来の曲の世界観以上のものを、彼は作り出してしまう。

「春よ来い」というプログラムがある。何度か披露されているが、印象的だったのは北京五輪でのエキシビジョンだった。優勝すれば94年ぶりの3連覇という、前代未聞の重圧を背負いながら、怪我の痛みとたたかった。

彼が納得の行く演技ができるのが一番だ。

そう多くのファンは思ったことだろう。でも、実際はあらゆる困難が襲った。リンクの穴にハマるハプニングもあった。そして4位という結果だった。

もしかしたら最後の五輪かもしれない。誰よりも完璧を追求する彼は、今回の五輪をどう捉えているのだろう。それはだれにも分からない。しかし、怪我の痛みもあるだろうし、きっと様々な考えが溢れ出し駆け巡っていることだろう。そんな中、滑ってくれるだけで十分、いやそれ以上だ。そう思っていた。そわそわした気持ちで、エキシビジョンの演技をテレビの前で待っていた。

しかし、彼がポジションについて音楽がかかった瞬間、息を飲んだ。そこにいたのは間違いなく、いつもの「羽生結弦」だった。空気を操り、空間に命を吹き込む。そんな羽生結弦という人間だ。

繊細なピアノの音にあわせ、見上げた顔は穏やかだった。まるでつぼみが開き、薄く透き通った花が揺れるように、たおやかに舞う。

春って羽生くんが連れてきてたんだ。

そんなことを思った。冬の寂寥感に、春の始まりの淡い彩りと瑞々しい香りが染み込んでいくように。春の何とも言えない切なさや色んなものが始まるソワソワしたあの感じ。あたたかい季節が始まる胸の高鳴り。大地や草花の芽吹きや華やぎ。

そんな、「冬と春の間」の複雑な空気感を、完璧に表現してる。絶妙、いや超絶な緩急のつけかたに、目を奪われる。どこまでも優しく優しく、しなやかに。腕や手先を繊細に使い、風のように、そして風で揺れる一輪の花のように、軽やかに舞う。

ここぞという時、ためたあと音楽はしっかりと、つよく、地を踏みしめ、根を張るように、突き上げるように鳴り響く。それに合わせ、彼もまるで何かから解放されたように、躍動する。音楽と共に、澄み渡った空気、穏やかな風がなだれこんでくる。

そして私の心も揺さぶられる。胸の奥が熱くなり、なにかがとめどなく溢れ出す。 気が付けば目には大粒の涙がたまっていた。(この原稿を書きながらも、演技を見返して何度も泣いている)

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