最新記事

日本史

「明治維新は薩長によるテロ」 『青天を衝け』で維新賛美の歴史観から脱却したNHK

2021年10月16日(土)12時40分
香原斗志(歴史評論家、音楽評論家) *PRESIDENT Onlineからの転載

幕末から明治期に関して、司馬史観の特徴を簡単に説明するなら、日本を急速に近代化させた明治維新と新政府、その時代の日本人を賛美する姿勢だといえる。

むろん、大河ドラマには、ほかの原作者を立ててこの時代を描いた作品も少なくないが、近年の『竜馬伝』(2010年)にせよ、『西郷どん』(2018年)にせよ、維新を賛美する史観は概ね継承されていた。

それに対し、私は以前から強い違和感を覚えていたが。それだけに、『青天を衝け』における維新の描き方には、ある意味、拍子抜けしながらも、ようやく安堵できている。

ただし、それぞれの場面に目を凝らし、描写やセリフの意味を一つひとつ考えないと、描かれている明治維新の「実像」に気づかないままになりかねない。

そこで、以下に『青天を衝け』から注目すべき場面を拾って、その意味を解いていきたい。

公家と薩摩藩が密謀し「錦の御旗」を偽造する

一橋家に仕官したのち、当主の慶喜が15代将軍に抜擢されたため幕臣となった渋沢栄一は、1867年、パリ万国博覧会に出席する慶喜の異母弟、徳川昭武に随行してパリに渡る。そして、翌年に帰国するまでの間に江戸幕府は終焉を迎え、新しい政府が樹立され、戊辰戦争は大勢を決していた。

ドラマでは、栄一の動向と並行して日本の政治状況が描かれ、栄一の帰国後に、あらためてその間に起きていたことが、栄一に物語るかたちで回想された。

なかでも維新の本質が描かれていたのは、第23話「篤太夫と最後の将軍」(7月18日放送)だった。ちなみに、篤太夫とは栄一のことだ。

まず、薩摩や長州などの下級武士たちと連携して討幕を画策していた公卿の岩倉具視の言動だ。

蟄居中の岩倉は大久保一蔵(利通)に向かって「これがあれば戦になっても心配あらしまへん」と言いながら、旗を用意している。いわゆる「錦の御旗」である。

岩倉は続ける。「御旗も源平から足利のころまでいろいろありますよって、生地を大和の錦に紅白緞子(どんす)でパッと。政(まつりごと)を朝廷に返すのは当然のこと。徳川を払わねばとてもとても、真の王政復古とは言えまへん」。

このセリフからなにがわかるだろうか。まずは錦の御旗の偽造である。周知のように、鳥羽・伏見の戦いで錦の御旗が掲げられると、旧幕府側は「朝敵になってしまう」と大きな衝撃を受け、慶喜が敵前逃亡するきっかけになった。

岩倉は来るべき新政権から徳川を排除する目的で、その御旗を、朝廷とは無縁のところで、大久保らとともに勝手に作っているのである。

「討幕の密勅」に天皇はかかわっていない

一方、京都・伏見の薩摩藩邸では、西郷隆盛らが来るべき戦に備えて浪人を集めている。

「このままでは、いつ薩摩が兵を起こすかわからぬ」と懸念した慶喜は、先手を打って朝廷に大政奉還する。

実は、慶喜が政権を朝廷に返すことで実現しようとしたのは、イギリス型議会主義を模倣した政体だった。なにも戊辰戦争という悲惨な内戦を経験しなくても、日本は近代の扉を開くことができたはずなのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザで食料尽きる恐れ、ラファ作戦で支援困難に=国連

ワールド

旧ソ連モルドバ、EU加盟巡り10月国民投票 大統領

ワールド

米のウクライナ支援債発行、国際法に整合的であるべき

ワールド

中ロ声明「核汚染水」との言及、事実に反し大変遺憾=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中