最新記事

言語学

外国語が上手いかどうかは顔で決まる?──大坂なおみとカズオ・イシグロと早見優

2020年3月5日(木)16時55分
平野卿子(ドイツ語翻訳家)

欧米人にとっても、「言葉と顔」はある種の力を持っている

だが、それでもやはり、言葉と顔には私たちが思っている以上に根深い関係がある。実は外国人が自分たちの母語を話すことには慣れているはずの欧米人にとっても、「言葉と顔」はやはりある種の力を持っている。

ピュリツァー賞を受賞した世界的なベストセラー作家ジュンパ・ラヒリは、インド人の両親を持つアメリカ人である。しかし、イタリア語に魅せられて、2012年、ついに家族でイタリアに移住。彼女は嘆く。アメリカ人で白人の夫は自分よりもイタリア語が下手であるにもかかわらず、夫のイタリア語のほうが訛りがなくて完璧だとイタリア人が皆、口を揃えて言うことを。

「どんなによくできるようになっても、わたしとイタリア語の間に永遠に横たわる壁。わたしの顔かたち。泣きたくなる。叫びたい思いだ」(『べつの言葉で』、中嶋浩郎訳、新潮社)

では、さまざまな出自の人々が母語として英語を話すアメリカはどうだろうか。こんな報告がある。アメリカの大学で学生に英語ネイティブの講義のテープを聞かせて、訛りがあるかなどの評価をさせ、さらに学生がどこまで講義を理解したかをチェックした。そのとき、ひとつのグループには白人女性の写真を、もうひとつのグループには中国人の女性の写真を見せながらテープを聞かせたという。

すると中国人女性の写真を見せられたグループの学生は、英語が訛っていると思っただけでなく、講義の理解度がもうひとつのグループより劣ったという結果が出た。まったく同じ英語を聞いたにもかかわらず!(白井恭弘『外国語学習の科学』、岩波新書、2008年)

この実験はかなり前のものだが、今でも事情はあまり変わらないはずだ。実は話しているのは言葉ではなく、私たちの顔なのだと。それならネイティブのような発音を身に着けることに必死になるよりも整形したほうがいいということになり、それはそれで困るのではあるが。

[筆者]
平野卿子
翻訳家。お茶の水女子大学卒業後、ドイツ・テュービンゲン大学留学。訳書に『敏感すぎるあなたへ――緊張、不安、パニックは自分で断ち切れる』(CCCメディアハウス)、『ネオナチの少女』(筑摩書房)、『キャプテン・ブルーベアの13と1/2の人生』(河出書房新社、2006年レッシング・ドイツ連邦共和国翻訳賞受賞)など多数。著書に『肌断食――スキンケア、やめました』(河出書房新社)がある。

20200310issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月10日号(3月3日発売)は「緊急特集:新型肺炎 何を恐れるべきか」特集。中国の教訓と感染症の歴史から学ぶこと――。ノーベル文学賞候補作家・閻連科による特別寄稿「この厄災を『記憶する人』であれ」も収録。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中