最新記事

アップル

iPadの垂直統合という賭け

時代遅れのビジネスモデルを復活させたジョブズの狙いは

2010年3月4日(木)15時12分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

 アップルのiPadは、市場に出回っている携帯端末のなかでは最新かもしれない。だが奇妙なことに、この機器はハイテク企業がかなり前に捨てたビジネスモデル──垂直統合への回帰を物語っている。

 アップルがiPad用にA4という独自のプロセッサを設計したのは大きな変化だ。これまではiMacとマックブック・プロはインテル、iPhoneはサムスンといった具合に他社のチップを使っていた。

 アップルはiPadのために自前のOS(基本ソフト)も作った。しかもiPadのアプリケーションはアップルからしか買えない。コンテンツも同様だ。映画、テレビ番組、本、音楽、何もかもアップルのオンラインストアから買わなければならない。iPad本体も販売はアップルストアのみ。上から下までアップルによって完全に支配されている閉ざされた仕組みだ。

病的な支配欲のCEO

 垂直統合は、70年代にはディジタル・イクイップメントなどのミニコンピューターメーカー、後にはサン・マイクロシステムズなどのワークステーションメーカーが典型的だったが、業界はかなり前に垂直統合はうまくいかないとの決断を下していた。アップルのiPad発表と同日、サンがオラクルによる買収完了を発表したのは皮肉な巡り合わせだ。サンのコストの高い垂直統合モデルは、同社が衰退した主要因だった。

 それなのになぜ、アップルは常識に逆らって垂直統合に踏み切ったのか。1つには、同社のスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)が病的なほど支配欲が強く、他社に頼るのを嫌うということがある。

 またジョブズはこの業界が長く、垂直統合した企業の長所を覚えている。A4が優れたプロセッサであるなら、iPadの垂直統合には、近く発売される他のタブレット型PCをしのぐ性能を発揮できるという利点がある。プロセッサとOSを互いに最適化されるように並行して設計すれば、パフォーマンスをかなり高めることができるからだ。

 アップルによれば、A4は1GHzで動作する。多くのパソコンで使われる3GHzのインテル・プロセッサと比べると遅いが、地図を拡大し、クリックしてストリートビューを見るといった作業では、iPadは実に速く感じられる。iPad発表の後のデモンストレーションで、ソフトウエアがプロセッサのために最適化されているので速いと説明があった。iPadが1回のバッテリー充電で10時間作動するのも同じように説明できる。

 アップルによるiPadの完全支配は既に一部の人を怯えさせている。iPad発表イベントの会場の外でピケを張ったフリーソフト擁護派は、iPadのような端末はアップルによって搾取される閉ざされた世界に人々を引き込む罠だと主張する。

実は天才的なひらめき

 しかし多くの人はスムーズに動く機器を手に入れられるのなら、多少の自由ぐらい喜んで手放すだろう。

 垂直統合に踏み切ったアップルの危険な賭けはどうなるか? 独自の世界を維持するコストは、他社からチップとソフトウエアを買うメーカーと比べて不利に働かないだろうか? 他社はアップルより価格を下げるのではないか?

 答えはおそらくイエスだ。だが私も含め多くの人は、あえて割高なアップル製品を買う。時代遅れに見える垂直統合というアップルの賭けは、実は天才的なひらめきではないか、と私はみている。

[2010年2月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレは依然高すぎる、政策変更は差し迫らず=米ク

ワールド

イラン空域制圧へ作戦順調、米が新指導者候補を複数検

ビジネス

米2月雇用、9.2万人減で予想外のマイナス 失業率

ビジネス

米原油先物、23年10月以来の高値 北海ブレント9
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だったはずの中国が、不気味なまでに静かな理由
  • 2
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない
  • 3
    10歳少女がライオンに激しく襲われる...中国の動物園で撮影された「恐怖の瞬間」映像にネット震撼
  • 4
    「みんな一斉に手を挙げて...」中国の航空会社のフラ…
  • 5
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 6
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 7
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 8
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 9
    アルツハイマーを予防する「特効薬」の正体とは? …
  • 10
    「ハリポタ俳優で終わりたくない」...ハリー・メリン…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 10
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中