最新記事

脱原発の主役は「自然エネルギー」ではない

エネルギー新時代

液化石炭からトリウム原発まで「ポスト原発」の世界を変える技術

2011.08.03

ニューストピックス

脱原発の主役は「自然エネルギー」ではない

2011年8月3日(水)10時30分
池田信夫

 ドイツのメルケル首相は5月30日、2022年までに国内にある17基の原子力発電所をすべて廃止すると発表した。ドイツでは10年前に原発を全廃する方針が出され、メルケル政権がその延期を打ち出したものの、福島第一原発の事故で元に戻った。ドイツではチェルノブイリ事故で広範囲な汚染の被害が出て以来、左右を問わず反原発の世論が強く、今回の決定も既定方針の追認とみられている。

 原発が危険だからやめようという気持ちはわかるが、その穴は何で埋めるのだろうか。ドイツの電力の20%以上は原発で供給されているが、これを再生可能エネルギー(太陽光・風力など)で埋めるのは無理だというのが専門家の見方だ。今でもドイツはフランスから電力を輸入しており、その電気料金はフランスのほぼ2倍。再生可能エネルギーの補助金が電気料金に上乗せされているためだ。これ以上、原発を減らすと、ドイツの代わりにフランスの原発の電力を使うだけである。

 日本でも原発を新設することは当面むずかしいだろうが、「自然エネルギー」はその代わりにはならない。ソフトバンクが自治体と共同で計画している「メガソーラー」と呼ばれる太陽光発電所は、10基あわせても最大出力が数十万kWと原発の半分以下だ。実際に原発の代わりに使われているのは天然ガスである。東京電力は、この夏のピークに備えてガスタービン発電所の建設を急いでいる。その建設は数ヶ月ででき、1基で20万kW程度の発電が可能だ。

 天然ガスは、これまでは中東の油田から採掘されるものがほとんどだったが、最近は岩盤の中から採れる「シェールガス」が採掘できるようになり、価格はここ3年で1/3になった。世界最大の埋蔵国はロシアだが、第2位はアメリカで、生産量ではアメリカが第1位である。化石燃料の最大の問題は、政治的に不安定な中東情勢に左右されることだが、アメリカが主要産出国だというのは大きなメリットである。

 MIT(マサチューセッツ工科大学)の報告書によれば、世界のシェールガス埋蔵量は160年分と推定されている。アメリカでは、2050年までに天然ガスが石炭をほぼ代替し、二酸化炭素の排出量は50%減るだろう。天然ガスのコストは現在でも石油のほぼ半分であり、自動車の燃料としても有力だ。これは石油メジャーの戦略も変え、彼らもシェールガスに投資を始めている。

 天然ガスの価格が低下したため、コンバインドサイクルと呼ばれる発電技術が注目を集めている。これはガスタービンで発電するとともに、その排熱を使って水を蒸気に変えてタービンを回して熱効率を上げるものだ。東京都の猪瀬直樹副知事の紹介している川崎天然ガス発電所(東京ガスとJX日鉱日石エネルギーが設立)では、ガスタービンで38%、排熱による蒸気タービンで20%、合わせて58%の発電効率を実現している。出力は42万kWと火力発電所なみだが、熱効率は火力の1.4倍だ。小型で環境汚染が少ないので都市に立地でき、建設費も1基250億円と石炭火力より安い。

 東京都内の太陽光エネルギーは、わずか1万7000kW。原発1基分の100万kWを出そうと思うと、山手線の内側いっぱいに太陽光パネルを張らなければならない。もちろん再生可能エネルギーの利用できる地域では進めるべきだが、都市では立地する土地がない。電圧や周波数の管理が必要なベースロードと呼ばれる基礎的電力は火力でまかない、天候に左右される再生可能エネルギーはピーク時に備えるピークロードとして使うのが現実的だろう。両者を組み合わせて、雨の日には太陽光の不足分をガスタービンで補うといった複合型の発電プラントも可能だ。 

 ガスタービンの分野では三菱重工が世界最先端の技術をもつなど、日本のメーカーも有望だ。企業の省エネ投資の意欲は強いので、発電と送電の分離によって新規参入を促進する制度改革を行えば、製造業が工場でコジェネレーション(熱電併給)を行うことも容易になる。ITで制御して消費電力を節約する技術も発達している。電気は電力会社のつくるものと考えるのではなく、製造業やIT企業が参入してエネルギー効率を高めるイノベーションを実現すれば、日本経済の新しい成長エンジンになる可能性もある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国不動産投資、1─5月は前年比10.1%減 さら

ビジネス

中国5月鉱工業生産は前年比+5.6%、予想以上に減

ビジネス

中国新築住宅価格、5月は前月比-0.7% 11カ月

ビジネス

中国人民銀、1年物MLF金利据え置き 差し引き55
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「珍しい」とされる理由

  • 2

    FRBの利下げ開始は後ずれしない~円安局面は終焉へ~

  • 3

    顔も服も「若かりし頃のマドンナ」そのもの...マドンナの娘ローデス・レオン、驚きのボディコン姿

  • 4

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 5

    米モデル、娘との水着ツーショット写真が「性的すぎ…

  • 6

    水上スキーに巨大サメが繰り返し「体当たり」の恐怖…

  • 7

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 8

    なぜ日本語は漢字を捨てなかったのか?...『万葉集』…

  • 9

    サメに脚をかまれた16歳少年の痛々しい傷跡...素手で…

  • 10

    メーガン妃「ご愛用ブランド」がイギリス王室で愛さ…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 7

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 8

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 9

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 10

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中