コラム

何が悪かったのか:アフガニスタン政権瓦解を生んだ国際社会の失敗

2021年08月19日(木)13時40分

首都カブールの空港を警護する米兵(8月15日) U.S. NAVY/REUTERS

<大国の軍事力に代わる有効な「人道的介入」の方策を、国際社会が確立することは結局できなかった>

8月15日、ターリバーンがカーブルを制圧し、アフガニスタンの権力掌握を果たした。バイデン米大統領が米軍を全面撤退させると宣言した期限の9月11日より1カ月近くも早い、カーブル陥落である。これで、2001年のアフガニスタン戦争でターリバーンを追放して以来米国が支えてきたアフガニスタン政権は、露と消えた。

この20年間にアフガニスタンで命を落とした米兵は2452人、英やカナダ、ドイツなどNATO加盟国の犠牲者を含めると3596人にもなるが、アフガニスタン人側の死者数は政府軍・民間人が10万人強、ターリバーンなど反米派側の被害も5万人を超える。米政権が費やした戦費は3兆ドルともいわれ、今年3月までにアフガニスタンの治安部門の再建計画に費やされた資金は8830億ドルとされている。この膨大な人的、資金的コストが、ターリバーン政権復活で水泡に帰した。米軍や前政権に協力したアフガニスタン人は、ターリバーン政権による報復を恐れて国外脱出への道を競い、残る人たちの間にも女性の教育や人権が再び制限されるのではと、戦々恐々としたムードがアフガニスタンを覆っている。

何が悪かったのか。世界はその問いにあふれている。まずは、米政権の予測の甘さ。バイデン米大統領は、政府軍の敗走、ターリバーンの首都掌握に、「こんなに早く崩壊するとは思わなかった」と想定外の事態だったことを強調した。だが、ターリバーンはかなり前から地方部を掌握していたし、これまでの度重なる和平交渉の過程でも、政府側がターリバーン側より優勢にあると言い難いことは、明らかだった。7月末には中国の王毅外相が、訪中したターリバーン幹部と会見して友好関係を示しており、パキスタンと中国の間ではターリバーン政権成立を想定した協力関係が模索されてきた。イランやトルコなど、周辺国の動向を見ても、遅かれ早かれ親米アフガニスタン政府が崩壊しターリバーンが台頭することを想定して動いていたことは明らかだろう。

アフガン政府の脆弱さ

その読みの甘さの根幹にあるのが、米が支えてきたアフガニスタン政権の脆弱さである。20年間も上述したコストを費やして、結局は腐敗し権力抗争に血道をあげるだけの政権しか確立できなかった。世界の国々の腐敗度数を発表している国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」によれば、アフガニスタンはその腐敗度が2007年以来ほとんどの年でワースト5に入っている。2005年には159か国中117位と、まだましだったのに、年々悪化していった。米軍やNATOが訓練した政府軍は、数字だけ見ると30万人以上の兵員を抱えていたが、士気は決して高くはなく、8万人のターリバーン兵を前に、敗走した。その多くが、給与を得るための幽霊兵士だったともいわれている。カーブル陥落前、バイデン米大統領は、「米軍撤退後は、(米やNATOが育成した)政府軍がターリバーンと戦う」と突き放したが、米軍や米の軍事コントラクターの支援なしには自立できるものではなかった。

だが、ターリバーンがこれだけ強固だとは、アフガニスタン政権がこれだけ脆弱だったとは「知らなかった」、では済まされない。ターリバーン相手に勝利を得られないことが明らかだからこそ、すでにオバマ政権は2011年には駐留兵員を削減し、いったん2016年までの撤退を計画したのだ。アフガニスタンからの米軍の撤退(軍事的な成果なしの)は、すでに10年前から見えていた路線だったのである。

加えて、類似のことを米国は、イラクで経験している。2010年末に米軍がイラクを撤退した後、2年半という年月を経てではあるがIS(「イスラーム国」)が登場、米軍撤退後のイラクの治安と政権の存続を脅かすほどの事態となった。このときも、反政府勢力がここまで軍事的に強力になるとは予想されなかったし、米軍が作り上げたイラク政府軍がISを前に完全に白旗を上げて敗走するとは想像されなかった。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアのLNG輸出、今後4年の停滞想定 経済省の悲

ワールド

ブラジル資源大手バーレ、第1四半期純利益9%減 予

ビジネス

韓国LGエナジー、第1四半期は前年比75%営業減益

ワールド

米、ウクライナに長距離ミサイル供与 既に実戦使用
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story