コラム

共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

2024年05月15日(水)11時45分
親子

共同親権の導入には、DV被害を断ち切れなくなるという懸念が出ている FineGraphics/photo-ac

<血縁関係のない子どもに対しても愛情を注ぐこと、国際結婚が破綻しても日本の子どもを他国に「取られない」ことへの配慮が必要>

いわゆる共同親権を認める民法改正案が国会で審議されています。この問題に関しては、私は進めることには賛成の立場です。アメリカで生活する中で、両親が離婚した場合に共同親権の下で、双方の親との良好な関係を保ってきた事例を多く見てきたからです。アメリカの場合、制度は機能していると推定する合意が形成されているのは事実ですし、アメリカ以外の国を含めた先行事例を検討した上で、日本でも今回の法改正が進められているのも事実だと思います。

共同親権を導入することで、DV親が親権を得て子どもがさらなる被害に遭う懸念、共同親権を行使するための接触があったために父母間のDV加害・被害が継続する懸念があるのは理解できます。ですが、こうした懸念については、DVの厳罰化、捜査の精度向上に加えて、万が一の場合には親権を剥奪する運用を行うなど、制度的に最小化する努力は可能です。


 

何よりも、単独親権の場合に「片方の親に会えなくなる子どもの不幸」「子どもに会えなくなる親の不幸」というコストを払ってでも、こうした懸念のために共同親権の導入を「しない」という判断は合理的ではありません。DVの被害者とその周辺の方々が懸念を抱くのは理解できますが、社会全体のバランスを考えて判断がされるべきと思います。

一部には、保守イデオロギーによる「父権重視」の思想が、母親の単独親権を認めがちな法制への介入をしているという批判もあるようです。ですが、共同親権における父親の責任を果たすということは、保守的な「家父長制的な父性」とは異なり、家事分担や子育てへの責任分担という思想に基づく近代的な考え方です。

審議が拙速という批判もあるが

もしかしたら、高齢保守層を説得するための方便として「父権」というキーワードが使われている事例があるかもしれません。だとしたら、まさに方便以上でも以下でもないので、批判の必要はないと思います。共同親権から始めて、少しずつ子どもを母親から引き離して「跡取り」にしようというような父親もゼロではないかもしれませんが、もう一方の親を侮辱するような行為は判例等で防止できると思います。

制度が過去の離婚事例にも適用される「遡及法」であることや、審議が拙速だという批判もあります。ですが、仮に今、単独親権のもとでもう1人の親との面会が制限されている13歳の子どもの場合を考えてみましょう。現状の延長では成人年齢に達する18歳まではもう1人の親との面会は難しいことになります。5年も待たせるのは残酷であり、過去の事例に遡っての適用、それもできるだけ早い適用が必要です。特に理由もなく「拙速だから良くない」というのは合理的ではありません。

問題は、制度がより良く運用されることで、その点では2つ留意点があります。

1つは、日本の社会慣習では、「配偶者の前配偶者との子」に対して「実子に準じる愛情を注ぐ」という行動は、必ずしも期待されていないという問題です。反対に、「夫の前妻」や「妻の前夫」の存在への不快感を「隠さない」とか、血縁のない「夫の前妻との子」や「妻の前夫との子」を実子と区別するなどの行動が、「ホンネ」としてある程度許容される文化があります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

オーストリア中銀総裁、金利見通しに慎重姿勢 利下げ

ワールド

英首相、第2次世界大戦の式典退席を謝罪 選挙戦に痛

ワールド

北朝鮮がごみ風船再開、韓国は拡声器放送で対抗へ

ワールド

仏戦闘機、ウクライナに年内供与 パイロット訓練へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナの日本人
特集:ウクライナの日本人
2024年6月11日号(6/ 4発売)

義勇兵、ボランティア、長期の在住者......。銃弾が飛び交う異国に彼らが滞在し続ける理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...? 史上最強の抗酸化物質を多く含むあの魚

  • 2

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっかり」でウクライナのドローン突撃を許し大爆発する映像

  • 3

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らかに ヒト以外で確認されたのは初めて

  • 4

    ガスマスクを股間にくくり付けた悪役...常軌を逸した…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 7

    ロシア軍が「警戒を弱める」タイミングを狙い撃ち...…

  • 8

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕…

  • 9

    英カミラ王妃が、フランス大統領夫人の「手を振りほ…

  • 10

    【独自】YOSHIKIが語る、世界に挑戦できる人材の本質…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が34歳の誕生日を愛娘と祝う...公式写真が話題に

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 5

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 6

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「…

  • 7

    「サルミアッキ」猫の秘密...遺伝子変異が生んだ新た…

  • 8

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らか…

  • 9

    アメリカで話題、意識高い系へのカウンター「贅沢品…

  • 10

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 8

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story