コラム

大谷翔平、ドジャースと「10年、7億ドル」契約の背景

2023年12月15日(金)14時40分

ドジャース入りの決め手としては、ナ・リーグでのDH制度導入というのも大きかったと思います。カステン共同オーナーは、10年前から大谷選手の獲得を計画していたが、6年前のエンゼルス入りの際にはDHのない自分たちは手が出せなかった、だが今回は環境が整って獲得できたとしていました。


一方で、大谷選手の契約には、球団の会長と社長が離任した際には大谷選手側から破棄できるという条項が入っています。質疑応答で、この条項の理由を問われた大谷選手は、「優勝を全員で達成するチームワークへの思いからの判断」という抽象的な返答をしていました。これに対して、MLBネットワークのアムジンガー氏は「会長、社長との間で二刀流を認めるという合意があって、それが崩れた場合は球団を去るかも」という意味かもしれないという憶測を口にしていました。あくまで憶測ですが、二刀流への思いが共有されているということは、今回の決断では大きな要素であったと考えられます。

2番目としては、肘のケガに対する再手術からのリハビリという課題を抱えた大谷選手に対して、ドジャースがリスクを取った上で決断をしたという点です。では、どうして球団として、リスクが許容範囲だと判断したのかというと、これは、大谷選手自身が一回目の手術からのリハビリを成功させただけでなく、多くの投手がいわゆる「トミー・ジョン手術」後のリハビリを行ってほぼ100%の球威を取り戻してきたという多数の投手たちの努力の成果が評価されたと言えます。

今回の記者会見では、APやロスの地元記者たちから「手術の詳細」について厳しい質問が飛び、大谷選手は見事に「優等生的に対応」していました。その上で、MLBネットワークでの解説者たちの議論では、おそらく「2回目として効果があり、かつリスクの少ない画期的な手術がされた」ので、大谷選手は詳細が説明できず、一方で球団はその成果についてリスク評価ができただろうというのが、評論家たちの見解でした。

ドジャースの「真摯」な姿勢

3番目としては、ドジャース球団の野球に対する真剣な姿勢というのが、大谷選手を動かし、ある種の相思相愛関係にたどりついたということなのだろうと思います。会見の中で、大谷選手は、過去10年ドジャースが常に優勝を争い、また2020年にはワールドシリーズ制覇を達成しているにもかかわらずオーナーなどが「この10年は失敗だった」と認識していることに感銘を受け、入団への決意につながったとしています。大谷選手らしい発想法ですが、同時にこうした真摯な姿勢はこの球団の性格を示すものだと思います。

私自身としては、1970年代末に、トミー・ラソーダ監督率いるドジャースが、ドン・サットン、スチーブ・ガービーなどの名選手を擁してワールドシリーズの常連だったときから、ドジャースは常に強烈な印象を与える球団でした。なかでも、ドジャー・ブルーと言われる青色のチームカラーは心技体の揃ったプロ集団というプライドを表していたと思います。

今回の会見では、球団の会長、社長から大谷選手、水原通訳まで登壇した人々は皆、青いネクタイを締めて登場していました。少々やり過ぎという第一印象でしたが、紹介された大谷選手が「ドジャー・ブルー」をあしらったユニフォームに袖を通し、青い帽子を被せてもらった時に、胸元から青いネクタイがチラッとのぞいたのが非常に印象的でした。既に大谷選手はドジャーの一員ということを鮮烈に印象付けていたと思います。いずれにしても、大谷選手の成熟した受け答えと、水原氏の度重なる機転の利いた通訳のおかげで引き締まった記者会見になっていました。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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