コラム

バブル隔離を止めてワクチン戦略へ、急転換する五輪開催方針

2021年06月10日(木)20時20分

この方針転換ですが、大きな問題があります。接種、検査、14日の隔離を済ませた外国人選手団・関係者は安全な存在だとしても、依然として国内での接種は進んでいないからです。特に五輪・パラ開催において、実務を担う現役世代の接種はこれからですし、東京の場合は特に遅れています。となると、今度は、日本の一般社会から外国人選手・関係者への感染が懸念されます。

そう考えていたところへ、橋本五輪委会長の「接種がおもてなし」というコメントが飛び込んできました。「海外の方々をお迎えするため、できるだけ接種することが、組織委としてのおもてなしだと思っている」というのです。

つまり、選手団だけでなく、審判や通訳ら国内の大会関係者から、さらには大会ボランティア、国内メディアにまで広げることを検討しているのだそうです。要するに、海外からの選手団や関係者が、五輪という場で接触する日本サイドの人間については、ワクチンを接種しておこうというのです。

明らかな説明不足

ということは、政府、五輪委としては「バブル=隔離戦略」から「ワクチン接種戦略」へと、五輪開催の方法論の全体を180度転換したということだと思います。

問題は、この方針が明確に説明されていないという点です。例えば、橋本会長の発言は、「接種がおもてなし」という曖昧な見出しとともに広まっており、まるで来日した選手・関係者に「来日時のおもてなしとして接種」をするという誤った理解も一部ではされています。

そうした誤解を解くことも大事ですが、そもそも「接種の進んでいないボランティアなどが対応するのは、海外からの選手団に危険」であるから、「接種をしてその危険を下げるのが『おもてなし』」だという言い方を五輪委がするのは非常に問題があると思います。接種が遅れたのは政治にも責任があるのに、このような表現からは、まるで自国民へのリスペクトが感じられないからです。

それ以前の問題として、当初は「バブル方式」にこだわって、競技後は即帰国させるとか、外国人は動線を完全に切り離すなどと言っていたわけです。ですから、そうした「方針を180度変更した」ということを率直に認め、そして丁寧に説明すべきだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story