コラム

スポーツ選手の大量立候補に思う

2010年05月12日(水)11時02分

 スポーツ選手が政治家に転身するのは、個別のケースとしては悪いことではないと思います。当選した後は、否が応でも政界の中であるいは世論の目にさらされて行くわけで、適性はすぐに露見してしまうでしょうし、そう考えたときに他の職業からの転身組と比較して、生き残る確率がそう低いわけでもないと思うからです。

 確率が低いわけではないというのは、何と言ってもコミュニケーション能力の点で経験を踏んでいるからです。例えば、アメリカの大学入試では、スポーツの実績が非常に重視されますが、そこには「健康な精神は健康な肉体に」というイデオロギーも多少ありますし、過酷な練習に耐えて過密スケジュールを消化する自己コントロール能力が鍛えられるからという理由もあります。ですが、一番の理由はコミュニケーション能力でしょう。

 勝負や記録という「ゴマカシのきかない」現実に直面し、プレッシャーのかけられた中で、現実と向かいながら事実確認を行う一方で、コーチやチームメイトと士気向上のためのガチンコのコミュニケーションをしたという経験には価値があるとされます。そこには、コンフリクトの解決、リーダーシップ・フォロワーシップのテクニカルな技法などが入っており、それはキャンパスライフでも実社会でも有効なスキルだからです。

 アメリカの場合はそんなわけで、高校時代にバスケットボールの花形選手だったオバマ大統領をはじめ、プロや五輪の選手でなくても、いわゆるエリートの人々は、しっかりしたスポーツ経験を積んでいることになります。逆にスポーツで鳴らした人が政界入りするというケースは、大学とプロのバスケットボールで超一流だったビル・ブラッドレー元上院議員などの例はありますが、日本ほど多くはありません。ちなみに、ジョージ・W・ブッシュという人はこの点で例外に属しますが「スポーツも落ちこぼれ」というイメージがが「草の根保守の反エリート感情」の琴線に触れたとも言えるでしょう。

 ただ、あまりスポーツ選手ばかり擁立されるというのも問題です。何と言っても日本の場合は、職業政治家になるためのキチンとした教育機関というものがなさすぎます。官僚経験というOJTで「組織としての自己流の生存本能」を身につけた人、あるいは「上昇志向先行型」の雰囲気を濃厚に持った「私塾」出身の人が目立つぐらいで、ホンモノの金融政策とか公共サービスなどを国政的なレベルで実務能力として身につけ、その上で世論との円滑なコミュニケーション能力を持った人材を育てる仕組みはないのです。スポーツ選手という、明らかに政治の素人が即戦力として期待されてしまうのは、そうした人材育成方法の貧困を反映しているように思います。

 もう1つ気になるのは、日本のスポーツ界が持っているコミュニケーション様式が時代遅れだという点です。形式的な年齢や経験年数で序列を作り、下位の人間には言葉遣いから行動にいたるまで徹底服従を強いる、このコミュニケーションのスタイルは、現代という複雑な時代には全くそぐわないのです。現代という時代は、若い女性管理職でも年上の男性に指示を出して査定をする時代ですし、下の世代が持っている情報やアイディアを吸い上げることの出来る組織が勝つ、厳しい競争の時代でもあります。

 例えば、プロ野球出身の解説者が大リーグ中継の解説をする際に、現役時代の自分とは比較にならないような活躍をしている日本人選手に対して「クン」呼ばわりをすることがあります。ご本人には悪気はなく、単に日本のプロ球界における年功序列として自分が上位というコミュニケーションしかできないし、許されていないのだと思います。ですが、そこでの「クン」の使用は、言っている解説者の品位を伝える効果はありません。どう考えても形式的だし、空威張りに聞こえ、その解説者その人が痛々しく見えてしまうこともあります。

 財界でも、スポーツ好きのオーナーが「体育会出身者」ばかりを集めて経営をした結果、イエスマンばかりが集まって、最終的には経営破綻に追い込まれるような暴走を止められなかった、そんなケースがありました。これも、厳格な上下関係に基づくコミュニケーション様式の欠陥だと言えるでしょう。そうした事例は、例えば「派閥の領袖」に「陣笠議員」が従う構図や、新人議員が「幹事長のチルドレン」だとして独自の発言を封じられるなど、政界では有権者の「一票の格差」という憲政の基本を踏みにじるような光景に重なって見えてしまいます。

 私は、スポーツの世界にある秩序や、形式を重んじる姿勢、ハキハキした挨拶、公式の場に馴染んだ発現様式などを批判しているのではありません。そのような美点は全否定すべきではないと思うのです。ですが、下位とされる人間からの「異論」や「ネガティブ情報」をどう活用するのか? そして年齢や経験など序列だけでは統制の取れない、イデオロギーや利害調整の場ではどう対処するのか? こうした点については、実は日本の、いや日本語を使ったスポーツ界のコミュニケーション様式は全く未熟だと言えるのです。

 W杯が近づいてきていますが、岡田武史という不世出の指導者にしても、サッカーA代表という複雑なチームをまとめるのに苦労しているようです。逆にA代表に選出されたレベルの選手でも岡田監督との信頼関係を作り上げることができない、その辺りもこの問題と関係しているように思うのです。指示出しが「権力行使」に聞こえ、その結果「ダメ出し」が人格否定に聞こえてしまうために心から納得できず身体が動かない(非常に単純化してしまうとそういうことだと思います)、というのは岡田氏の問題を越えて「日本語でのスポーツ指導」におけるコミュニケーション全体の問題だとしか思えません。正にそのために「外国人監督」がサッカーでも野球でも求められ、スケートやシンクロなどの厳格な日本人指導者が逆に日本語の上下関係規定力に邪魔されない海外で活躍しているのです。

 そう考えると、今回の参議院選で各党がスポーツ選手を大量に擁立したのは「現在の国民がフラストレーションを感じているのは、政治の混乱状態への不信感」だと喝破した上で、「ならば秩序に従順なスポーツ選手の方が好感度が獲得できる」という計算をしたのだと考えられます。商品のマーケティングでもしているのならなかなか見事ですが、仮にそうであれば政治としては退廃としか言いようがありません。日本の抱える問題に直面することからの逃避に他ならないからです。そうは言っても政治の場合は今さら「お抱え外国人顧問」に日本の改革を頼むことはできません。ならば、歯を食いしばって世論も、ジャーナリズムも、政治家も現状の問題点を直視すべきでしょう。選挙とはそのような機会であるべきです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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