- HOME
- Picture Power
- 【写真特集】昭和100年、日本社会に戦中の「空氣」…
【写真特集】昭和100年、日本社会に戦中の「空氣」は潜む
ATMOSPHERE
Photographs by Takeshi Tokitsu

万歳三唱が響き渡る8月15日、終戦記念日の靖国神社
<写真家・時津剛が捉える戦中・戦後を通して日本社会が抱える潜在的な「空氣」とは。戦後80年、そして「昭和100年」。戦争の記憶が遠のく中、世界で日本で自国第一主義や排他主義、ポピュリズムが広がる。戦争へとひた走った1930年代との相似を前に、「新しい戦前」という言葉も聞かれるようになった。>
軍歌が響く、終戦記念日の靖国神社。照りつける強烈な日差しの下で、軍服の男がゆらゆらとポラロイドフィルムに浮かび上がる。画像を見つめていると一瞬、タイムスリップした感覚に襲われた。
今年、日本は敗戦から80年、「昭和100年」の節目を迎えた。天皇・裕仁が在位した昭和(1926~89年)は戦争と敗戦、高度経済成長、バブル経済と激動の時代だったが、軍人・軍属、民間人合わせて300万人以上が亡くなった「戦争の時代」として日本人の記憶に刻まれている。
本作品『空氣』は、この時代の節目に、戦中・戦後の新聞と、かつての軍国主義を支えた国家神道の象徴であり戦中の記憶や空気を濃厚に残すタイムカプセルのように存在する靖国神社や、東日本大震災やコロナ禍など現代に撮られた写真を重ね合わせることで、戦中・戦後を通して日本社会が抱える潜在的な空気を可視化する試みである。ポラロイド写真の曖昧な画像によって時代(時間)的要素を排除し、現在と過去との視覚的な相似点を強調した。
きっかけは2011年の東日本大震災にさかのぼる。当時、私は週刊誌カメラマンとして発生翌日に被災地に入り、生々しい被害を目の当たりにした。静寂のみが残る街は空襲を受けた都市と重なり、その後の画一的なテレビCMや全国を覆う自粛ムードは、中学生時代に経験した昭和天皇崩御時の空気を想起させた。
「頑張ろう日本」のスローガンの下で、日本中に伝播していった奇妙な一体感や高揚感ーー同調圧力の下で全体主義に染まっていく社会に、例えようのない居心地の悪さを覚えた。のちの「自粛警察」と呼ばれる人々を生み出したコロナ禍でも感じたことだ。
全体主義とは何だろうか。
震災による未曽有の被害から「第二の敗戦」とも呼ばれた2011年以降、私は日本人が最も「日本」という「国家」を意識するであろう終戦記念日に、国民を戦争遂行へと導き、全体主義を推し進める装置として機能した靖国神社を訪ね、その断片をポラロイドカメラで収め続けてきた。
真夏の強烈な日差しの下で現像されたポラロイドフィルム。軍服姿の男が、亡霊のように浮かび上がった
戦中の空気を知るべく、昭和元年の1926年から敗戦の45年までの新聞をたぐった。日本は第1次大戦の戦勝国でもあり、当初は牧歌的な広告も目立つ。しかし日中戦争が始まる37年を境に、好戦的なスローガンに加え「自粛」「禁止」「監視」などの言葉が紙面に頻繁に現れ始め、軍事色を強める新聞が普通の人々を戦渦に巻き込んでいく様子が手に取るように分かる。
いや、より正確に言えば、「銃後」の国民自身が積極的に戦争に協力する姿であり、紙面からは全体主義や同調圧力の空気がにおい立つ。戦地で命を落とした兵士らを英霊として祭る靖国神社も幾度となく紙面に登場する。
「新しい戦前」ーー2022年末、タレントのタモリ氏が、ある番組で発した言葉だ。集団的自衛権の行使容認や特定秘密保護法、現代版の治安維持法ともいわれる共謀罪の成立など不穏な空気が広がる国内情勢や、ロシアによるウクライナ侵攻などを念頭に置いた発言とみられ、時代の空気に敏感なテレビタレントの言葉は、短く鋭いが故に、少なくない反響を呼んだ。
敗戦から80年。戦争の記憶が遠のくなか、国民の戦意をあおり、戦争へと駆り立てた新聞・ラジオは今、より巨大な拡散力を持つSNSに取って代わられようとしている。分断と憎悪を生む根拠なき陰謀論、フェイクニュースやヘイト、そして世界で日本で広がる、戦争へとひた走った1930年代と相似形を描く自国第一主義やポピュリズム。
「未来が過去を規定し、現在を生成する」。ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーは、未来からの視点によって現在のありようが決まり、また結果次第で過去の出来事への解釈が変わると説いた。
未来は今を「戦後」と規定し続けるだろうか。
時津剛(写真家)
Photographs by Takeshi Tokitsu ; 出典・コラージュ素材 : 朝日新聞
撮影:時津剛
1976年、長崎市生まれ。東京都立大学法学部卒。都市や人、現代社会をテーマに制作。写真集に『東京自粛』(2020年)、『BEHIND THE BLUE』(24年)など。ここに掲載した作品を含む新作写真集『空氣 Atmosphere』を今月出版し、同名の写真展を東京・新宿のPlace Mで8月4日〜10日まで開催
時津剛写真展『空氣 Atmosphere』トークイベント「時代の記憶と空気」
8月5日 19:00から
モデレーター:瀬戸正人
ゲスト:長沢慎一郎(写真家・第49回木村伊兵衛写真賞受賞)
鈴木麻弓(写真作家・日本大学芸術学部写真学科准教授)
『空氣 Atmosphere』
2025年8月1日発行
著者・編集:時津剛
ブックデザイン:中島雄太
翻訳:デーナ・ルイス
出典:朝日新聞
印刷・製本:株式会社イニュニック
発行者:時津剛
ISBN 978-4-600-01611-1
定価5,500円(本体 5,000円+税)
写真で世界を伝える『Picture Power』は今回で連載1000回目を迎えることができました。
支えてくださった写真家の方々、読者の皆様に心から感謝いたします
【連載21周年】 Newsweek日本版 写真で世界を伝える「Picture Power」
2025年8月12,19日号掲載
この筆者のコラム
【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく 砂漠化する地域も 2025.08.22
【写真特集】ゾウと人間 生きるために戦うしかない 生存を懸けた終わりなき争い 2025.08.15
【写真特集】わが子へ継ぐ 写真に宿る祖父の記憶 2025.08.06
【写真特集】昭和100年、日本社会に戦中の「空氣」は潜む 2025.08.01
【写真特集】世界一の観光地ドバイ 旅行者を魅了するメガロポリスの不都合な裏側 2025.07.18
【写真特集】ハンセン病隔離の中の静かな尊厳と「命の記憶」 2025.07.05
【写真特集】発達障害の生きづらさをありのままに伝えたい 写真家と当事者たちの共創 2025.06.27