コラム

「アベノミクス」の限界はこうやって超えよう(パックン)

2022年06月18日(土)16時40分

アベノミクスの中心柱、金融緩和のおかげでこういうシナリオが各地で繰り返されていると思われる。このマイクロな話から、マクロのイメージもできる:金融緩和で企業は元気になるが、賃金は上がらない。2%の物価上昇も達成できない。当然だ。金融緩和には、賃金を上げるメカニズムもなければ、物価を上げるメカニズムもないから。

むしろ、逆効果があり得る。「生産性を上げること」は「製造コストを下げること」と同義。より安く、より多く製造でき、供給が増えると、国内外の競争に合わせて値下げを選ぶ企業も増える。ゆえに物価に下方圧力がかかる。

同時に、利益率が上がっても、賃金を上げる必然性もない。前より効率の良い機械やソフトウェアを導入したおかげで必要な労働者の人数が減る。もしくは製造・販売量が増えても、同じ人数で賄える。人手不足で人材の取り合いにならないかぎり、企業は労働者より役員や株主を優先する企業の判断は変わらないはず。

現に、2001年から19年までの間、役員報酬は1.4倍、内部留保は2.2倍、経営利益は2.7倍、配当金は6倍も増えた。その間、労働者賃金は0.9倍まで減ってしまった。その間に毎月の物価上昇率が2%に達したのは数えるほどだ(消費増税の影響を除く)。

今や金融緩和ではなく、原油価格の上昇、円安、サプライチェーン問題などの影響で物価が上がっている。賃金も上がっているが、物価上昇率の方が高いため4月の実質賃金は1.2%減となった。

「緩和一本鎗」の限界

この状況にアベノミクスマンはどう反応するのか? 労働者の購買力が下がっている現状について「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」という前向きな考え方を、先日講演で披露した。しかし、家計に少し余裕があるのは収入が上がったのではなく、コロナ禍で経済活動が制限され「貯蓄が増えたことが要因」の可能性も、本人が認めた。つまり、物価が上がっても「大丈夫! 貯金を切り崩しながら生活すれば、国民はまだ我慢できる!」という冷徹な発言に聞こえた。そのため各方面から批判された。

でも、僕はそう捉えない。アベノミクスマンは国民の生活を無視しているわけではない。ヒーローだから! 実は講演で、国民が我慢できているうちに「賃金の本格上昇」につなげる必要性も主張した。気持ちは認めよう。

彼の言う通り、賃金を上げないといけない。これが不健全なインフレに苦しんでいる方々の家計を助けるためにもなるが、経済全体の救済策になるはずだと、僕も信じている。

問題は、アベノミクスマンの武器が限られていること。彼は「金融緩和ビーム」しかなくて、上述の通り、それを発しても賃金上昇に直結しない。特に労働者が「許容」している間は。

そこでやはり、キシダマンの力を借りよう。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

クアルコム、4─6月業績見通しが予想超え スマホ市

ビジネス

ドル一時153.00円まで下落、日本政府は介入の有

ビジネス

米国株式市場=まちまち、FOMC受け

ビジネス

FRB、金利据え置き インフレ巡る「進展の欠如」指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 9

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story