コラム

大江千里がアメリカで感じた東京五輪の空虚さと違和感

2021年08月03日(火)16時38分

ニューヨーカーたちは2年ぶりの解放的な夏に夢中 SENRI OE

<人々が自粛を強いられる不平等な状況下で金銀銅を決めるイベントをやる必要は本当にあるのか。ここまで犠牲を払って目くらましのようなイベントをやる意味を、世界は冷静に見ていると思う>

アメリカに住んで13年になるが、オリンピックに夢中になる人を見掛けたことがない。そもそも今、東京五輪が開催されていることすら知らない人もいる。

それでも先日、珍しいことが起きた。イタリア料理店で「オリンピック開会式を見たの?」と、イタリア出身の店員に聞かれたので「え? 君は見たの?」と聞くと、けんもほろろに「見るわけないじゃん」と大笑いされた。店の人たちは僕が日本人だと分かっていたと思う。妙な雰囲気で、何人かから「お気の毒」という感じの失笑があった。

今回は特殊な状況というのを差し引いても、普段スポーツバーに入り切れないほど人が集まり大盛り上がりするサッカーやバスケットに比べ、世界的スポーツの祭典オリンピックがなぜこうも話題にならないのか。僕が思うに、人種の多様さ故じゃないか。アメリカではアメリカ選手団の試合しか放送しないので、多様性のある国民からすると「別に見ても見なくてもいいや」となる。

独占放映権を持っているNBCの放送は、何度も長いCMに中断されスポーツ観戦の味わいがない。開会式直前のCBSの放送では、「国民が懐疑的なこの大会、空っぽのスタジアム、毎日2000人もの感染者が出ている状況がセレモニーに反映されている」とアンカーと特派員が言いたい放題だ。日本人の僕が思う五輪の高揚感からは程遠い。

開会式を見た。日本人にしか分からないアイウエオ順の行進にそうしなければならない特別な理由があったのだろうか? とにかく抽象的過ぎるダンスが延々と続き、だんだんと眠くなる。聖火ランナーには医療従事者や子供たちが出演させられている。この状況で彼らを危険の中へさらすのを見て嫌な気持ちになった。

責任者2人による開会の挨拶は建前だけの絵空事に終わったが、さすが元五輪選手たち、ここまでたたかれてもへこたれないメンタルの強さは証明された。アメリカでの開会式の視聴者数は1988年のソウル夏季五輪を下回り過去33年で最低だったというが、こんな開会式なら逆に見られなくてよかったかもしれない。

「交渉ができない日本はゲームに敗れた」

ワクチン接種が進むアメリカで、人々はオリンピックどころではなく2年ぶりの本物のサマーを楽しむことに夢中だ。変異株が話題になり感染者は増えているが、ロックダウンの悪夢を二度と繰り返さないためにコロナと共存する道を模索する。

一方の日本では、飲食店にお酒の提供を禁じ、人々は自粛を強いられる。不平等な状況下で、金銀銅と順位を決めるイベントをやる意味がどこにあるのだろう。感染者はうなぎ上りで増えている。

この1年の中で何度も、世界を味方に付けて五輪自体の新しい方向性を示すことができたのに、交渉ができない日本はこのゲームに敗れた。ここまで犠牲を払って目くらましのようなイベント(CBSのアンカーも同じことを言っていた)をやる意味を、世界は冷静に見ていると思う。

2028年にロサンゼルス夏季五輪が開かれる頃、人々のオリンピックへの視線はどうなっているだろう。アメリカでも自国でやるとなるとそれなりにお祭りになるだろうか。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

UBS、2026年のS&P500指数目標引き下げ 

ワールド

あらゆる可能性排除せず、臨機応変に対応=節約要請で

ワールド

イラン、米との恒久的和平協議に前提条件設定 海峡通

ビジネス

パーシング・スクエア、ユニバーサル・ミュージックを
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 3
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 4
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 5
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 6
    「王はいらない」800万人デモ トランプ政権への怒り…
  • 7
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 8
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 9
    地面にくねくねと伸びる「奇妙な筋」の正体は? 飛行…
  • 10
    トランプ、イランに合意期限「米東部時間6日午前10時…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 3
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 4
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 5
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 6
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 7
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 8
    中国がイラン戦争最大の被害者? 習近平の誤った経…
  • 9
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 10
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story