コラム

百年にわたる家族の物語から「過去の克服」を探求する『ハイゼ家 百年』

2021年04月23日(金)17時30分

家族の物語から繰り返される歴史をあぶり出す『ハイゼ家 百年』(C) ma.ja.de Filmprodktion / Thomas Heise

<監督の家族が保管してきた100年にわたる手紙や日記から、激動のドイツの歴史をあぶりだし、独自の「過去の克服」を探求する...... >

旧東ドイツ出身のトーマス・ハイゼ監督が作り上げた『ハイゼ家 百年』は、ハイゼの家族が保管してきた遺品を精査し、素材とすることで、三世代にわたる家族の歩みを描き出す218分の大作ドキュメンタリーだ。

素材になるのは、手紙や日記、履歴書の下書きなどで、それらをもとにしたハイゼ自身のモノローグと家族の写真、ベルリンやドレスデン、ウィーンで撮影された様々な映像が組み合わされていく。その物語は第一次大戦に始まり、ホロコーストやドレスデン爆撃、東ドイツにおける秘密警察シュタージの監視を経て、ベルリンの壁崩壊後の時代に至る。

ハイゼは家族の歩みを描くためになぜこのような方法を選択したのか。海外のインタビューにそのヒントになるような発言がある。

子供の頃によく祖母の家で遊んでいたハイゼは、化粧台の裏に手紙を入れた箱が置かれているのに気づいた。興味を覚えた彼は手紙を持ち出し、字が読めるようになるとすぐに読みだした。それは彼の父親が強制労働収容所から祖母に送った手紙だった。彼の父親は、ある世代のドイツ人すべてが、加害者であれ被害者であれホロコーストについて語りたがらないように、胸の内を決して明かさない人間だった。ハイゼは手紙を通してそんな父親の隠れた一面を知るようになった。

個人と歴史の関係を浮き彫りに

本作では、ハイゼが家族の手紙や日記を通して彼らの心情を掘り下げ、緻密な構成によって個人と歴史の関係を浮き彫りにしていく。

ベルリンで教師をしていたハイゼの父方の祖父ヴィルヘルムとウィーンに暮らすユダヤ人で彫刻家の祖母エディトは、1920年代に出会って恋に落ち、結婚する。そんなエディトの手紙には、ベルリンに嫁ぐことへの不安も垣間見られる。やがてハイゼの父となるヴォルフガングと弟のハンスが生まれるが、ナチスの台頭とともに混血婚の夫婦は迫害にさらされるようになり、ヴィルヘルムは教職を追われ、エディトは彫刻家の仕事の機会を奪われ、公の場に出ると罰せられた。

しかしその頃、ウィーンではユダヤ人を取り巻く状況がさらに悪化の一途をたどっていた。ハイゼは、ユダヤ人のポーランドへの移送が進行するウィーンの状況を独特のアプローチで表現する。画面には移送されたユダヤ人のリストが延々と映し出され、エディトの父親や姉から送られてくる手紙のモノローグが流れ、次第に追い詰められていく家族の姿が想像され、やがて連絡が途絶える。

結果として、ベルリンに嫁いだエディトは生き延びることになる。

ハイゼの父ヴォルフガングと母ロージー(ローゼマリー)の出会いにも、歴史が大きな影響を及ぼしている。ハイゼは、ふたりが出会う以前、40〜50年代のロージーの体験と心情を掘り下げることで、歴史の影響を浮き彫りにしていく。ここで中心的な素材になるのは、以前からロージーと親密な関係にあり、西ドイツに暮らす男性ウドが彼女に送った手紙と、ロージーの日記だ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、第1四半期の利益が過去最高 フラン安や

ビジネス

仏エルメス、第1四半期は17%増収 中国好調

ワールド

ロシア凍結資産の利息でウクライナ支援、米提案をG7

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story