コラム

内乱激化で邦人も退避 背景に展望、スーダン情勢を理解するための5つの基礎知識

2023年04月24日(月)16時00分

3.焦点はバシール引き渡し

このようにブルハンとダガロは相容れない部分を抱えながらも、バシール失脚後に権力を分け合った。2021年10月のクーデタで民主派が政権から追い出された後は、これがさらに鮮明になった。

このクーデタは2019年のバシール失脚後に生まれた民主化の気運を吹き飛ばすものだった。

バシール失脚後、民主化を求めたデモ隊の指導者と、これを支援したブルハンなどの軍人がそれぞれ参加する暫定政権が発足した。これは将来的な選挙の実施と完全な民政移管を前提にしたものだったが、内部分裂が徐々に鮮明になるなか、クーデタによって民間人が追い出され、軍人が実権を掌握したのだ。

それと同時にブルハンが議長を務める暫定統治会議が発足し、これが最高意思決定機関になったが、ダガロはその副議長に就任した。

つまり、民主派を追い出したブルハンはダガロとそれまでより強く手を結んだのである。この判断は民主化より治安回復を優先させたもの、ともいえる。

バシール失脚後のスーダンでは、それ以前からバシール体制を攻撃していた武装組織なども軍事活動を活発化させた。そのうえ、混乱に乗じて周辺国から流入するテロリストも増えた。

こうしたなか、ダガロは「2019年に抗議デモが発生した時、バシールがデモ隊を攻撃するよう命じたが、自分はこれに反対した」と主張するなど、少なくとも表面的には、バシールと距離を置く態度を強めた。

ところが、こうした妥協は長続きしなかった。両者の間には、バシールの処遇についての問題が、喉に刺さった魚の骨のようについて回ったからだ。

ダルフール紛争をめぐり、バシールには国際刑事裁判所(ICC)が「人道に対する罪」などで逮捕状を発行している。これに対して、2019年に発足した暫定政権はバシールを拘束し、ICCに移送する方針を打ち出したものの、現在に至るまで実現していない。

バシールを法の裁きにかければ、国内で火の手がこれまでになく上がりかねないからだ。

とはいえ、ブルハンにとって、バシールを国際法廷に引き渡すことの政治的魅力は大きい。強権的で反民主的という意味でブルハンの軍事政権はバシール体制とほとんど変わらないが、「バシールを打倒した」ことがほぼ唯一の免罪符になっているからだ。

それは逆に、バシールの裁きが自分たちに飛び火するのではという不信感をダガロやRSFに抱かせる原因になってきたといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

オーストリア中銀総裁、金利見通しに慎重姿勢 利下げ

ワールド

英首相、第2次世界大戦の式典退席を謝罪 選挙戦に痛

ワールド

北朝鮮がごみ風船再開、韓国は拡声器放送で対抗へ

ワールド

仏戦闘機、ウクライナに年内供与 パイロット訓練へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナの日本人
特集:ウクライナの日本人
2024年6月11日号(6/ 4発売)

義勇兵、ボランティア、長期の在住者......。銃弾が飛び交う異国に彼らが滞在し続ける理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...? 史上最強の抗酸化物質を多く含むあの魚

  • 2

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっかり」でウクライナのドローン突撃を許し大爆発する映像

  • 3

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らかに ヒト以外で確認されたのは初めて

  • 4

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 5

    ガスマスクを股間にくくり付けた悪役...常軌を逸した…

  • 6

    フランス人記者が見た日本の「離婚後共同親権」が危…

  • 7

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕…

  • 8

    ロシア軍が「警戒を弱める」タイミングを狙い撃ち...…

  • 9

    西川美和監督の傑作『すばらしき世界』で反社会的存…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が34歳の誕生日を愛娘と祝う...公式写真が話題に

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しすぎる...オフィシャル写真初公開

  • 4

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 5

    「サルミアッキ」猫の秘密...遺伝子変異が生んだ新た…

  • 6

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らか…

  • 7

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 8

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 9

    アメリカで話題、意識高い系へのカウンター「贅沢品…

  • 10

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story