コラム

「国家のため国民が戦う」が当たり前でなくなる日──ウクライナ侵攻の歴史的意味

2022年04月05日(火)16時55分

後述するように、一般的に外国人兵士には条件の悪い任務が当てられる。そのため、今回ウクライナに向かう10万人のロシア軍のなかに少なくない外国人が投入されていても不思議ではない。

逃げられないウクライナ男性

これに対して、「国家のため国民が戦う」が当たり前でないことは、侵攻された側のウクライナでも大きな差はないとみられる。

ロシアによる侵攻をきっかけにウクライナ政府は国民に抵抗を呼びかけ、これに呼応する動きもある。海外メディアには「レジスタンス」を賞賛する論調も珍しくない。

もちろん、祖国のための献身は尊いが、国民の多くが自発的に協力しているかは別問題だ。

ウクライナからはすでに300万人以上が難民として国外に逃れているが、そのほとんどは女性や子ども、高齢者で、成人男性はほとんどいない。ロシアの侵攻を受け、ウクライナ政府は18-60歳の男性が国外に出るのを禁じ、軍事作戦に協力することを命じているからだ。

つまり、成人男性は望むと望まざるとにかかわらず、ロシア軍に立ち向かわざるを得ないのだ。そのため、国境まで逃れながら国外に脱出できなかったウクライナ人男性の嘆きはSNSに溢れている。

裏を返せば、成人男性が無理にでも止められなければ、難民はもっと多かったことになる(戦時下とはいえ強制的に軍務につかせることは国際法違反である可能性もある)。

「どこに行けば安全か」

予備役を含む職業軍人はともかく、ウクライナ人の多くがもともと戦う意志をもっていたとはいえない。

昨年末に行われたキエフ社会学国際研究所の世論調査によると、「ロシアの軍事侵攻があった場合にどうするか」という質問に対して、個別の回答では「武器を手にとる」が33.3%と最も多かった。

しかし、戦う意志を持つ人は必ずしも多数派ではなかった。同じ調査では「国内の安全な場所に逃れる(14.8%)」、「海外に逃れる(9.3%)」、「何もしない(18.6%)」の合計が42.7%だったからだ。

とりわけ若い世代ほどこの傾向は顕著で、18-29歳のうち「海外へ逃れる」は22.5%、「国内の安全な場所に逃れる」は28.0%だった。ウクライナ侵攻直前の2月初旬、アルジャズィーラの取材に18歳の若者は「僕らの...半分は、どこに行けば安全かを話し合っている」と応えていた。

こうした男性の多くは現在、望まないままに軍務に就かざるを得ないとみられる。少なくとも、多くのウクライナ人が「国家のために戦う」ことを当たり前と考えているわけではない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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