コラム

ウクライナでの「戦争犯罪」に法の裁きは可能か──知っておきたい5つの知識

2022年04月11日(月)17時05分
ブチャを捜索するウクライナ兵

破壊されたロシア軍戦車の近くで捜索するウクライナ兵(4月6日、ブチャ) Alkis Konstantinidis-REUTERS

<処罰することのできる「戦争犯罪などに関わった個人」には国家元首も含まれるが、プーチン大統領やロシア政府幹部が裁かれる公算は低い>


・戦争犯罪などを扱う国際刑事裁判所は国家元首であっても裁く権限を持ち、プーチン大統領もその例外ではない。

・ウクライナにおける国際刑事裁判所の捜査はすでに始まっており、その対象は2013年からの全ての事案が対象になっている。

・ただし、制度的にはともかく、実際に「ロシアの戦争犯罪」を裁くには幾重もの条件をクリアする必要がある。

ブチャで多数の民間人の遺体が発見されるなど、ウクライナでの深刻な人道危機が報じられるなか、バイデン大統領が「プーチンを戦争犯罪人として処罰しろ」と叫ぶなど、法の裁きを求める声は各国で高まっている。独立国家の元首を裁くことはできるのか。以下ではそのためのルールや仕組み、効果と限界についてまとめる。

1.戦争犯罪を裁くルールはある

戦場での非人道的行為を規制する国際的なルールと仕組みは、第二次世界大戦後に生まれた。ジュネーブ条約(1949)と追加議定書(1979)では主に以下のような戦争犯罪が禁止された。

・民間人への無差別攻撃
・住民生活に欠かせない施設(発電所など)への攻撃
・捕虜の虐待・拷問
・傷病者、医療従事者への攻撃 など

一方、人種や民族などを理由とした大量殺害や強制収容を禁じるジェノサイド条約(1948)もほぼ同じタイミングで結ばれた。

ただし、実際にはこうした約束が守られないことも珍しくなく、とりわけ冷戦終結(1989)の後は民間人が犠牲になることが増えた。

なかでも東欧ユーゴスラビアやアフリカのルワンダなどで1990年代に相次いで発生したジェノサイドは、CNNなどの衛星放送が普及し始めていたこともあって世界中に大きな衝撃を与え、「口約束」ではない実効的な取り締まりを求める声が高まった。

その結果、ローマ規定(2002)に基づいて発足したのが国際刑事裁判所(ICC)だ。これとよく似た名称のものに国際司法裁判所があるが、こちらは国家間の領土問題を扱う。これに対して、ICCは戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイド、侵略犯罪などを裁く国際的な裁判所である。

第二次世界大戦後の東京裁判やニュルンベルク裁判など、戦争の勝者が臨時に設けたものと異なり、ICCは常設の裁判所である。これによって戦争犯罪などを裁く国際的な仕組みはほぼ完成したといえる。

ロシアによる侵攻が始まった翌週の3月2日、日本を含む40カ国以上がウクライナにおける戦争犯罪や人道に対する罪の捜査・審理をICCに求めた(付託した)。

2.ICCは国家元首も逮捕できる

ICCは戦争犯罪などに関わった個人を国際法に基づいて捜査し、容疑が固まれば裁判にかけ、有罪が確定すれば処罰することができる。

その権限は、以下のいずれかの場合に行使される。

・ICC締約国(ローマ規定を署名・批准した国)の付託
・国連安全保障理事会の付託
・ICC検察官の独自の判断

ここでいう「戦争犯罪などに関わった個人」には各国の国家元首も含まれる。実際、2009年にICCは、北東アフリカのスーダンのバシール大統領(当時)に逮捕状を発行した。2003年にこの国で発生したダルフール紛争で、バシールが住民の虐殺を指示したと判断されたからだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EUと米、ジョージアのスパイ法案非難 現地では抗議

ビジネス

EXCLUSIVE-グレンコア、英アングロへの買収

ワールド

中国軍機14機が中間線越え、中国軍は「実践上陸訓練

ビジネス

EXCLUSIVE-スイスUBS、資産運用業務見直
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story