コラム

「ウクライナ侵攻は台湾海峡へ飛び火する」の矛盾──中国の気まずさとは

2022年02月26日(土)20時20分

念のために確認すれば、侵攻に関するロシアの言い分は「ウクライナの'軍事政権'によって弾圧され、'大量虐殺'の危機に直面する現地の人々の要請に基づいて部隊を派遣した」。ここでいう'現地'とは、ロシア系人やロシアから送り込まれた民兵を中心とする勢力で、彼らは2014年以降ウクライナ東部を実効支配してきた。

いわば分離主義者を煽り、その独立要求を大義名分に介入するのがロシアのやり方だ。それがたとえ露骨な国際法違反でも、「現地の意志こそ全て」という論理である。

だとすると、これを認めることは中国にとってヤブ蛇になる。

「現地の意志こそ全て」だとすれば、独立志向を強める台湾の意志を最大限に尊重しなければならなくなるからだ。中国版Twitterとも呼ばれるWeiboなどで「今こそ台湾を取り戻すとき!」と叫ぶ中国人ナショナリストも、「ロシアの支持を受けた中国の台湾侵攻が近い」とひたすら強調する海外も、この論理矛盾を華麗にスルーする点では同じだ。

台湾だけではない。香港でも新疆ウイグル自治区でも反体制派は「中国を分断しようとする分離主義者、テロリスト」と位置付けられ、弾圧されてきた。その意味で、ロシアの手法は中国の論理とは相性が悪い。

だからこそ、中国政府は国内で反ロシア世論を取り締まりながらも、「台湾はウクライナではない」としきりに強調してきたのだ。

中国の「気まずい立場」

これに関して「中国はロシアの立場を認めたではないか」という反論もあるだろう。

しかし、外交で重要なのは言質をとられないことだ。国際政治は力と利益が支配する領域だが、第三者に申し開きする用意だけは必要である。

その観点からいうと、2月初旬の首脳会談で、習近平は確かに「欧米との協議でロシアの立場を支持する」とプーチンに約束したが、あくまで「話し合いをする時の立場」を支持したのであって、「軍事行動を支持する」とは言っていない。

また、冒頭に述べた24日の電話会談で、王毅はロシアの行動を「理解する」とは言ったものの、ラブロフや中国人ナショナリストが望んだであろう「支持する」の一言はなかった。「理解」が論理的に合点するという意味で、心情的に認める、道義的に受け入れる「支持」とは違うことは、いわば常識だ。

ちなみに、2014年のロシアによるクリミア編入に関しても、中国政府は公式には承認していない。つまり、中国は「ロシアが欧米と対決することを支持しても、ウクライナの領土や主権に関するロシアの言い分を認めているわけではない」というグレーな立場にあるのだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IEA、今年の石油需要伸び予測を下方修正 OPEC

ビジネス

訂正(14日配信記事・発表者側の申し出)シャープ、

ビジネス

中東欧・中東などの成長予想引き下げ、欧州開銀「2つ

ビジネス

英バーバリー、通年で34%減益 第4四半期の中国売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story