コラム

カザフスタン大暴動を知るための5つの基礎知識──きっかけと目的、周辺国への影響も

2022年01月11日(火)17時00分

ナザルバエフは2019年に大統領職を退いた(後述)が、その後も与党ヌル・オタンの代表にとどまっている。その長女は上院議長におさまり、次女は国営ファンド頭取などを歴任したカザフ屈指のビリオネアで、三女は隣国キルギス大統領の息子と結婚・離婚した後、カザフ最大のパイプライン企業KazTransOilの頭取夫人になり...と、いまも一家ぐるみで国家を私物化している(もっとも、こうしたことはカザフ周辺の中央アジア一帯で珍しくない)。

一家や取り巻きの資産は海外にもあり、例えばロンドン郊外には5億3000万ポンド(約832億円)以上の不動産を所有しているといわれる。

(3)導火線としての経済停滞

こうしたパワーエリートへの不満はもともとあったが、それでもカザフ経済が上向きの間、表面化することは稀だった。

先述のようにカザフスタンは天然ガスやウランの大輸出国で、小麦など穀物の大生産国でもある。そのため、世界銀行の統計によると、2019年の一人当たりGDPは9,812ドルと中央アジアで最も高い水準にある。この経済的安定は、事実上の一党支配、あるいは大統領制という名の専制君主支配を正当化する土台になってきたのである。

mutsuji220111_kazakhstan_economy.jpg

ところが、2008年のリーマンショックや2014年の資源価格急落で頼みの綱の経済に大きくブレーキがかかるにつれ、カザフ政府の神通力は少しずつ衰えてきた。

その端緒は、2011年大統領選挙だった。この選挙で、四期目の大統領選に臨んだナザルバエフは95%以上の得票で圧勝したが、その直後に「選挙の不正」を訴える当時最大規模のデモが発生し、15人以上が警察に銃殺される事態に発展した。

さらに2016年、今度は「土地改革」の一環として170万ヘクタールの国有地売却が発表されたが、これが中国企業に売却されるという噂を呼び、各地で数千人規模の抗議デモに発展した。

カザフスタンではデモが基本的に違法だが、それがしばしば発生するようになったこと自体、かつての強固な支配がこの時期に揺らいでいたことを意味する。選挙でも、与党が圧倒的な多数派であることに変化はないものの、その議席数は徐々に低下するようになった。

アメリカ独立戦争のきっかけが茶税引き上げにあったように、そしてロシア革命のきっかけが第一次世界大戦による国費増大にあったように、古来大きな政治変動の影には必ず経済変動があったが、カザフ大暴動もその例外ではないのである。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:デモやめ政界へ、欧州議会目指すグレタ世代

ワールド

アングル:アルゼンチン止まらぬ物価高、隣国の町もゴ

ビジネス

アングル:肥満症薬に熱視線、30年代初頭までに世界

ワールド

イスラエル、新休戦案を提示 米大統領が発表 ハマス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...すごすぎる日焼けあとが「痛そう」「ひどい」と話題に

  • 3

    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「極超音速ミサイル搭載艇」を撃沈...当局が動画を公開

  • 4

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...…

  • 5

    ロシアT-90戦車を大破させたウクライナ軍ドローン「…

  • 6

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 7

    1日のうち「立つ」と「座る」どっちが多いと健康的?…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    米女性の「日焼け」の形に、米ネットユーザーが大騒…

  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 7

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 8

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story