コラム

EVは地球に優しくても人間に優しくない一面をもつ──コバルト生産の闇

2021年11月24日(水)15時40分

残念ながらコンゴ民主共和国では、それ以外の資源の採掘でも海外企業のからむ人権侵害が数多く指摘されているが、温暖化対策の切り札として注目されるコバルトの開発にはサステナブルやエシカルといったイメージがともないやすいだけに、その影も大きくなる。

人権保護の観点から企業活動の監視を行なうイギリスのNGO、開発における権利と説明責任(RAID)の責任者アンネク・ファン・ワンデンバーグ氏は「コバルトは地球温暖化対策に欠かせない資源だが、数百万台のEVに必要なリチウムイオン電池の不名誉になるような、搾取的な労働条件から目を背けるべきでない」と指摘する。

国際的に黙認される人権侵害

もちろんコンゴでも児童労働は法的に規制されている。

しかし、アフリカでは政府と癒着する企業による人権侵害が見過ごされやすく、とりわけコンゴ民主共和国はこれが目立つ国の一つだ。そのため、法令でいくら児童労働などを規制していても、企業に対する監督などはほぼザルで、問題が指摘される企業への是正勧告などもほとんど行われていない。

それどころか、海外企業の利益を守るため、コンゴ政府が深刻な人権弾圧を行なうことさえある。

コンゴでは海外の巨大企業とローカルな採掘者の間で、境界線などをめぐってしばしばトラブルが発生し、時には暴力的な衝突にまで発展してきた。この背景のもとで2019年、同国最大のコバルト鉱山にコンゴ軍が展開し、海外企業と対立するローカルな採掘者1万人以上を居住地から追い払い、この過程で多くの死傷者が出たと報告されている。

コバルト生産をめぐる深刻な人権侵害は、コンゴ国内の腐敗だけでなく、グローバルな黙認によっても成り立っている。

深刻な人権侵害をともなって生産された資源の調達には、規制がかかることもある。コンゴの場合、先進国はコンゴ産の金、スズ、タンタル、タングステンなどの輸入を規制している。

しかし、コンゴ産コバルトに関しては、輸入規制が適用されていない。脱炭素のトレンドが加速するとともにコバルトの重要性が増すなか、その輸入規制を各国は後回しにしているといえる。いわば脱炭素のために人権侵害が黙認される状況のもとでコバルトは生産され、それを用いたリチウムイオン電池はEVだけでなくスマートフォンやPCに利用されているのである。

「誰一人取り残さない」とのギャップ

念のためにいっておけば、EV普及を批判するつもりはない。脱炭素の目標そのものは重要だし、さらにいえば仮に先進国が「人権」を理由にコンゴ産コバルトの輸入を規制しても、それは結果的にこうした問題に頓着しない中国企業の独占を許すだけという判断が働けば、先進国がこの問題に深入りしないのは「現実的」とも呼べる。

とはいえ、コバルト生産にかかわる企業の多くがSDGsに協賛し、エシカル消費やサステナビリティの旗振りをしているだけに、そのギャップが際立つこともまた確かだ。ちなみにSDGsの理念は「誰一人取り残さない」である。

脱炭素が目指すのは、石炭・石油・天然ガスといった化石燃料に依存する、産業革命以来の生産・消費構造の大転換だ。その産業革命の発祥の地イギリスでは当時、蒸気機関を動かすための石炭の採掘現場で子どもが低賃金で1日10時間以上働くことが当たり前で、10歳未満の就労が初めて禁じられたのは1878年の工場法改正でだった。テクノロジーに比べて、人間そのものの進歩は極めてペースが遅いといえるかもしれない。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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