コラム

スポーツ界に迫るタリバンの影──アフガン女子アスリートの相次ぐ国外退避

2021年10月18日(月)16時15分
アフガン女子サッカー・ユース代表

ポルトガルに逃れたアフガン女子サッカー・ユース代表(2021年9月30日) Catarina Demony-REUTERS


・タリバン復権後のアフガニスタンからは、女子アスリートが相次いで国外に退避している。

・彼女たちの多くは殺害予告などを受けている。

・ただし、女子スポーツをどう扱うかについては、タリバン内部にも温度差があるように見受けられる。

タリバン復権の余波はスポーツ界にも及んでおり、アフガニスタンの各種競技の女子アスリートが集団での国外退避を余儀なくされている。

女子アスリートへの殺害予告

イスラム過激派タリバンが復権したことで、アフガニスタンでは女性が学校や職場に行くことに制限が加えられつつあるが、その影響はスポーツにも及んでいる。女性の社会参加を制限しようとする圧力が強まるなか、身の危険を感じる多くの女子アスリートが、相次いで国外に避難しているのだ。

例えば、サッカー女子の強化指定選手チームは10月11日、イギリスに受け入れられることが決まった。

13歳から19歳までの強化指定選手35人は8月、コーチや家族とともに、タリバンが進撃を続けていたアフガニスタンを逃れ、隣国パキスタンに入国を認められた。しかし、ビザの期限切れが迫り、行き場を失いかけていた総勢約100人の集団に、イギリスに渡る道が開けたのである。

この逃避行を支援したイギリスのROKiT財団のギル代表は英BBCのインタビューに「素晴らしい決定だ...彼女たちのうち7割は殺害予告を受けた経験がある」と話している。

「女性にスポーツは必要ない」

念のために付け加えると、タリバン復権の以前から、アフガンの女子アスリートには保守的な勢力からの脅迫や嫌がらせが絶えなかった。しかし、タリバンが8月末に首都カブールを奪還したことで、こうした圧力はかつてなく強まった。

その象徴は、タリバンの文化委員会のワシク副議長が9月初旬、豪SBSに今後アフガン女性がスポーツを「禁じられるだろう。なぜなら、女性がそれをする必要がないからだ」と述べたことだった。

その理由として、ワシク副議長は「スポーツをすれば、顔や身体を覆わない状況も増える。イスラムは女性がそのようにすることを認めていない。...現代はさまざまな記録機材があり、多くの人がそれをみる...我々は女性がそれらをさらすことを認めない」と力説した。

事実、1996年から2001年までタリバンが支配していた頃のアフガニスタンでは、こうした女子スポーツが全面的に禁じられていた。

もともとイスラムで女性が頭部などを覆うことが求められるのは、「美しいものは隠さなければならない」という考え方による。イスラムの生まれた頃の7世紀のアラビア半島は戦乱が絶えず、女性の拉致・略奪は日常茶飯事だった。女性を人目に触れさせなくするのは、これを守るためだったのであり、当時の世界では類例をみないほど女性の安全に配慮した考え方だったといえる。

女子アスリートの盗撮が各国で社会問題になっていることを考えれば、タリバンの考え方は一つの究極的な解決策なのかもしれない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:肥満症薬に熱視線、30年代初頭までに世界

ワールド

イスラエル、新休戦案を提示 米大統領が発表 ハマス

ビジネス

米国株式市場=ダウ急反発、574ドル高 インフレ指

ワールド

共和党員の10%、トランプ氏への投票意思が低下=ロ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    F-16はまだか?スウェーデン製グリペン戦闘機の引き渡しも一時停止に

  • 2

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入、強烈な爆発で「木端微塵」に...ウクライナが映像公開

  • 3

    インドで「性暴力を受けた」、旅行者の告発が相次ぐ...なぜ多くの被害者は「泣き寝入り」になるのか?

  • 4

    「人間の密輸」に手を染める10代がアメリカで急増...…

  • 5

    「ポリコレ」ディズニーに猛反発...保守派が制作する…

  • 6

    「集中力続かない」「ミスが増えた」...メンタル不調…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 9

    34罪状すべてで...トランプに有罪評決、不倫口止め裁…

  • 10

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 7

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story