コラム

メイ首相辞任でイギリスの凋落が始まった

2019年05月27日(月)15時08分

昨年11月、EU離脱をめぐって閣僚辞任が相次ぎ、落胆を見せたメイ首相 Matt Dunham/REUTERS


・メイ首相が昨年11月にEUと交わした離脱条件は、イギリスが今の立場で望める最大限の利益を確保するという意味で、現実的だったといえる

・しかし、それぞれの主張を全く譲ろうとしない離脱派と残留派の挟撃は、メイ首相を辞任に追いやった

・党派的イデオロギーが合理的な妥協をはねつける状況は、民主主義の模範とみなされてきたイギリスの凋落を物語る

メイ首相の辞任はEU離脱をめぐる混乱だけでなく、「民主主義の模範」とみなされてきたイギリスの凋落を象徴する。そこには「国民が主人公」という有権者の「有力感」に潜む落とし穴を見出せる。

「合意なき離脱」へのキックオフか

イギリスのメイ首相は5月24日、6月7日をもって与党・保守党の党首を辞任すると発表した。

メイ首相の辞任は、本来4月12日が期限だったイギリスのEU離脱が実現できなかった時点で、ほぼ避けられなかったといえる。

昨年11月、メイ首相はEUとの間で離脱条件に合意した。

しかし、メイ首相が「最善で唯一可能な合意」と呼んだ交渉結果に、もともと離脱に反対の野党・労働党だけでなく、離脱を推してきた保守党からもアイルランドとの国境管理などをめぐって「ソフトすぎる」と批判が噴出。議会は離脱条件を承認できなかった。

その結果、メイ首相はこれまで否定してきた離脱の賛否を問う二度目の国民投票にまで言及したが、混乱を収束できず、辞任に至ったのである。

誰が新首相になったとしても、この分断と対立を克服することは難しい。そのため、ジョンソン元外相など強硬な離脱派が首相に就任した場合、最も混乱が予想される「合意なき離脱」すら現実味を帯びてくる。

合理的な妥協より党派的イデオロギー

メイ首相の辞任はイギリスでの党派的対立の深刻化を象徴する。

メイ首相がEUとの間で取りまとめた離脱条件は、「国民投票の結果を踏まえれば離脱せざるを得ない」イギリスの現在の立場で得られる最大の利益を確保するという意味で現実的、常識的なものだったと評してよい。

しかし、離脱に反対する立場を1ミリも動かさない野党だけでなく、「離脱はするが、負担なしにEU市場にアクセスもする」とムシのいい主張を繰り返す保守党の急進的離脱派も、これをはね付けた。そこからは、党派的イデオロギーが合理性を押し流すあり様をみてとれる。

「見習うべき模範」なき世界

党派対立で国内が分断され、国家としての団結すら危ぶまれる状況は、イギリスだけでなく、トランプ政権発足後のアメリカも同じといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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