コラム

「歴史のリセット」を夢想するドイツ新右翼「帝国の市民」とは何者か

2018年05月29日(火)15時45分

昨年9月の独総選挙で第三党に躍進した極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の集会(5月27日、ベルリン)


・「帝国の市民」と呼ばれるドイツの極右勢力は、第二次世界大戦以前の国境がいまも有効だと主張し、現在のドイツ連邦共和国の正当性を否定している

・そのため「帝国の市民」メンバーは税金を払わず、公的の身分証明を破棄する一方、独自のパスポートを発行するなど、「架空の国」が実際に存在するかのように行動している

・現実にあるものを「誤り」と切り捨て、歴史のリセットという不可能な夢想にひたることは、イスラーム国(IS)にも共通する思考パターンである

ドイツ内務省は5月22日、「帝国の市民(Reichsburger)」と呼ばれる極右勢力のメンバー450人が保有していた武器を取り上げたことを発表。2016年10月、同国南部のゲオルゲンスグミュントで「帝国の市民」メンバーが警官を射殺して以来、ドイツ政府はこの組織への警戒を強めています。

一般的に、ヨーロッパの極右勢力は反EU、反移民を主張し、「国家としての独立」を強調します。ところが、「帝国の市民」は第二次世界大戦以前の国境線を有効と主張し、現在のドイツ連邦共和国の正当性を認めず、「国家からの独立」を目指す点で、他の極右と異なります。現状の国家のあり方そのものを拒絶する動きはアメリカなどでもみられるもので、極右の新たな潮流として注目されます。

「帝国の市民」とは

ドイツには2017年連邦議会選挙で94議席を獲得し、第三党に躍進した「ドイツのための選択肢(AfD)」をはじめ、いくつかの極右勢力があります。このうち「帝国の市民」は代表者や本部のある組織ではなく、ソーシャルメディアなどで結びついた緩やかなネットワークとみられています。

「帝国の市民」は1980年代半ばに生まれましたが、この数年で急速にメンバーを増やしているとみられます。ドイツ内務省の下部組織である連邦憲法擁護庁(BfV)は2017年度の報告のなかで、「帝国の市民」のメンバーを約1万8000人と推計。2016年段階では1万人とみられていたため、1年間で80パーセントの増加にあたります。

「帝国の市民」には、他の極右勢力と同じく、反イスラーム、反ユダヤ主義、反移民の主張が鮮明ですが、その一方で現在のドイツ連邦共和国の体制そのものを認めない点に、最大の特徴があります。

「帝国の市民」は第二次世界大戦末期の連合国との終戦協定を認めていません。ここから、大戦勃発直前の1937年段階での国境が現在も有効で、戦後に生まれたドイツ連邦共和国は「敵国」に占領されたもので正当性がない、という主張が導かれます。言い換えると、ヒトラーが率いたドイツ第三帝国(1933~1945)がまだある、というのです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ドル弱ければ稼げる」、ただ強いドル「好

ワールド

米EU、貿易協定枠組みで今週末合意も 欧州委員長と

ワールド

米加、貿易交渉合意できない可能性 トランプ氏は一方

ワールド

米・イスラエル首脳、ガザ停戦交渉断念を示唆 ハマス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:山に挑む
特集:山に挑む
2025年7月29日号(7/23発売)

野外のロッククライミングから屋内のボルダリングまで、心と身体に健康をもたらすクライミングが世界的に大ブーム

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 2
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心中」してしまうのか
  • 3
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安すぎる景色」が話題に、SNSでは「可能性を感じる」との声も
  • 4
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 5
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 6
    機密だらけ...イラン攻撃で注目、米軍「B-2ステルス…
  • 7
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「電力消費量」が多い国はどこ?
  • 9
    アメリカで牛肉価格が12%高騰――供給不足に加え、輸入…
  • 10
    羽田空港に日本初上陸! アメックス「センチュリオン…
  • 1
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人口学者...経済への影響は「制裁よりも深刻」
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞の遺伝子に火を点ける「プルアップ」とは何か?
  • 4
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 5
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 6
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量…
  • 7
    父の急死後、「日本最年少」の上場企業社長に...サン…
  • 8
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 9
    約558億円で「過去の自分」を取り戻す...テイラー・…
  • 10
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 6
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 7
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 10
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story