コラム

140円台の円安、追い風を生かすことが重要

2022年09月06日(火)18時10分

140円台のドル円は24年ぶりの水準だが...... REUTERS/Kim Kyung-Hoon

<9月に入り、1ドル140円台まで円安が進んだ。現状をどう捉えるべきなのか......>

ドル円は9月に入り、1ドル140円台まで円安が進んだ。8月26日のパウエル議長の講演などで、FRB(米連邦準備理事会)の利上げ継続姿勢が強まったとみなされ、ECB(欧州中央銀行)高官からは大幅利上げを主張する発言が相次いだ。米欧長期金利が再び上昇するにつれて、円安が進んだ。米欧中銀の引き締め姿勢が強まる一方、日本銀行の金融緩和を徹底する姿勢は揺るがない。この構図が強固であるため、既に年初から約20%も円安が進んでいるが、円安基調が続いている。

筆者にとっても予想外に大幅な円安が進んでいるのだが、140円台のドル円は24年ぶりの水準であり、歴史的な円安などとメディアでも報じられている。140円台だった前回は1998年8月だが、当時は日本では金融危機が起きていた。当時と同様に大幅な円安であり、日本経済の弱さの象徴であるなどの観点から、円安の負の側面がメディアではクローズアップされ易い。

1ドル140円、24年前の日本の状況とはかなり異なる

もちろん、前回ドル円が140円台だった24年前と、現在の日本の状況はかなり異なる。当時、前年の1997年に消費増税などによる緊縮財政転換で日本経済はマイナス成長に転じ、その後のアジア通貨危機にも見舞われた。銀行の自己資本不足への疑念がくすぶる中で、デフレと資産価格下落によって、不良債権拡大により銀行の資本劣化が進むという悪循環に陥ったが、当時の政治家や当局は危機対応策を先送りした。こうした中で起きた1997年後半からの大幅な円安は、まさに「日本売り」だった。

危機に瀕していたアジアの多くの株式市場と同様に、日本株市場も下落傾向を辿った。当時は米国中心に世界経済全体では堅調な経済成長が続いていた中で、1997年度から日本経済は景気後退に至った。深刻な危機にあったアジア経済が円安で競争力を失うことなどを理由に、「円安を止めるべき」との対外的な批判も聞かれた。

一方で140円台の円安ではあるが、現在の日本の立ち位置は違う。現在、日本経済はコロナ禍からの経済復調が遅れてはいるが、経済不況といえない。デフレ克服にはまだ距離があるが、インフレ率はやや上昇しており、経済成長はプラス成長を維持している。日本が売られているが故に円安が進んでいる訳ではない。株式市場においては、2022年初来リターンでみて日本株は、米国株を久しぶりにアウトパフォームしている。

日本は世界一の対外純債権国

現在の円安ドル高の主因は、日本と米国のインフレの違いにある。FRBがインフレ抑制のために、意図的に引き締めを強化してドル高が起きている。そして、日米経済双方にとって、ドル高円安はメリットがある。なお、対ドルで円は140円台まで年初から約20%下落しているが(9月2日時点)、対ユーロでは円の下落率は約7%にとどまっており、円安の主たる要因がドル高であることは明らかである。

もちろん、円安の影響は経済主体で異なるし、食品、エネルギーなど価格上昇が円安で増幅するので、それが多くの家計の購買力を目減りさせる。輸入企業などにとっては、原材料コストの上昇によって利益の圧迫要因になる。

一方、円安によって、生産・輸出が伸びない中で、輸出企業を中心に売上・利益が支えられる効果は大きい。4-6月の企業利益は、経済成長は緩慢だった中で、円安の恩恵もあり経常利益金額は過去最高を更新した。この企業業績改善は、将来の家計所得の源泉になる。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story