コラム

自閉症の妹を売って生きる... 文句なしの問題作『岬の兄妹』が見せる今の邦画に足りないもの

2022年11月17日(木)18時35分
岬の兄妹

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<映画宣伝に付き物の「問題作」「衝撃作」というフレーズも、この作品にかかれば全く誇張ではない>

コロナ禍が収まりかけて3年ぶりの海外渡航は、5年か6年ぶりの韓国だった。

渡航の理由は釜山国際映画祭に参加するため。僕にとっては最初の作品『A』も含めて、これまで何度も招待されているなじみ深い映画祭だ。

ちなみに『A』が招待された1998年は、流入を抑制していた日本文化を韓国政府が正式に解禁した年でもあり、多くの日本映画が上映された。ところが何度か行われた『A』の上映は、なぜか常に『Love Letter』(岩井俊二監督)、『落下する夕方』(合津直枝監督)と同じ時間帯だった。劇場はもちろん別。だから韓国の日本映画ファンは、皆『Love Letter』か『落下する夕方』に足を運ぶ。結果として『A』の上映は、とても寂しい入りだった。

夜に海鮮料理の屋台でマッコリを飲みながら、「なぜこんな編成にしたのか」と映画祭プログラムディレクターに文句を言ったら、「だって森さんなら、中山美穂さんと原田知世さんと麻原彰晃さんのどれを見たいですか」と言い返されて、思わず納得してしまった記憶がある。

今回の目的は上映ではない。映画祭に併設の「アジアン・プロジェクト・マーケット」で、来年公開予定の『福田村事件(仮)』の企画を、世界から集結する映画祭関係者や配給会社の人たちに売り込むことだ。

同行したプロデューサーたちと設営されたブースで客を待つ。一応のスケジュールはあるけれど、予定が空いたときにふらりと大物が現れる可能性があるから、席をなかなか離れられない。せっかく映画祭に来ているのに、映画を観られない日々が最後まで続いた。

マーケットに参加することは、これが初めてだ。そもそもドキュメンタリー映画にそれほどの需要はないし、これまではプロデューサーに任せていた。今回は初の劇映画ということで勝手も違い、いろいろ勉強になった。改めて思う。映画は撮って終わりではない。多くの人の努力が映画を完成させる。

疲れ切ってホテルに帰ったら、ロビーでひげ面の男に声をかけられた。松浦祐也だ。『福田村事件(仮)』でも重要な役で出演してもらっている。彼が主演した『岬の兄妹』が、この映画祭で上映されていると教えられた(どうせ観られないと思って上映作品のチェックをしていなかった)。片山慎三監督とも挨拶を交わす。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story