コラム

収奪的なオリンピック、包摂的なパラリンピック

2021年09月16日(木)19時15分
天皇陛下とバッハ会長

東京オリンピック開会式で天皇陛下と手を振る「ぼったくり男爵」ことIOCのバッハ会長 Dylan Martinez-REUTERS

<オリンピックは、能力の高い人々にアメとムチを与えることでその能力を極限まで引き出させる競争社会の縮図である一方、パラリンピックは、さまざまなハンディキャップを持つ人々がみな能力を発揮できる共生社会のモデルといえそうだ>

経済学者のアセモグルとロビンソンが2012年に出版した『国家はなぜ衰退するのか(Why Nations Fail)』という本は大きな話題を呼んだ。この本はノガレスというアメリカとメキシコの国境にまたがる町についての印象的な記述から始まる。この町のアメリカ側もメキシコ側もヒスパニック系の人々が住んでいるし、気候も変わらない。しかし、街の様子はまるで違っている。アメリカ側は豊かで整備され、メキシコ側は貧困で乱雑である。

いったいなぜこんな差ができてしまったのか。それは制度の違いによるのだという。メキシコを含むラテンアメリカでは、著者たちの言葉によれば「収奪的な経済制度」が実施されてきた。先住民たちに銀を採掘させ、先住民たちをラティフンディオ(大規模農場)で働かせて貢納を召し上げ、サトウキビプランテーションではアフリカから連れてこられた奴隷が働いた。要するに他者の労働を搾取する制度ばかりが作られた。

一方、北アメリカでは先住民の数が少なかったため、入植者たちは自分たちで農地を開拓して自らを養わなければならなかった。そのため、私有財産の保護、法の支配が確立した。こうした経済制度を著者たちは「包摂的な経済制度」と呼ぶ。

収奪的だった東京オリンピック

アメリカの入植者たちは自分たちの統治者を選挙で選ぶようになり、アメリカ合衆国憲法につながっていく。これを著者たちは「包摂的な政治制度」と呼ぶ。一方、個人や特定の政党による独裁が行われていたり、国内が統合されてなくて、群雄割拠の状況にある国は「収奪的な政治制度」のもとにある、とする。

そして著者たちは収奪的/包摂的という二分法によって世界や歴史を切っていく。包摂的経済・政治制度を持つ国は発展して繫栄し、収奪的経済・政治制度を持つ国は、仮に一時的に発展しても長続きしない。この二分法によれば、中国はどうみても収奪的経済・政治制度の側に属する。したがって著者たちは中国の経済成長は長続きしないとみている。

さて、この収奪的/包摂的という観点からこのたび東京で開かれたオリンピックとパラリンピックを振り返ってみると、東京オリンピックは実に収奪的な大会であった。世論調査で国民の過半数が中止か延期を望んでいたのに開催が強行され、そのことによって、懸念されていた新型コロナの蔓延が起きた。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ソロモン諸島、新首相に与党マネレ外相 親中路線踏襲

ワールド

米UCLAが調査へ、親イスラエル派の親パレスチナ派

ワールド

米FTC、エクソンのパイオニア買収を近く判断か=ア

ビジネス

インタビュー:為替介入でドル160円に「天井感」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story