コラム

ウクライナ南部のダム破壊、国際法違反の卑劣な攻撃で「得をした」のは誰か...「反転攻勢」への影響は?

2023年06月07日(水)18時50分

この日の「ジャーナリストの日」に合わせ円卓を囲んで記者会見したゼレンスキー氏は「これはエコサイド(環境および生態系の破壊)だ。ロシアはカホフカ水力発電所ダムを爆破した結果について刑事責任を負わなければならない」と語気を強めた。ウクライナの情報機関は昨年、ロシア軍がダムに穴を掘っており、その意図が持つリスクについて報告していた。

ゼレンスキー氏は「ダムの爆破が自然、社会、人道上の深刻な問題を引き起こした」と強調した。35~80の集落が浸水することが予想される。近隣地域でも飲料水を住民に提供することが課題となっている。「侵略者の犯罪を記録することが重要だ。欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)諸国にも伝える」(ゼレンスキー氏)

ダム決壊で得をするのは誰か

カホフカ水力発電所ダムはロシア軍が1年以上にわたって占拠しているが、ロシア軍の犯行と断定する証拠はまだ出てきていない。

英BBC放送は「ダム決壊で得をするのは誰か」と題する記事の中で「下流の土地が浸水したことでロシア軍はドニプロ川左岸から後退せざるを得ず、ドニプロ川右岸への砲撃やミサイル攻撃ができなくなる」「ロシアが占領するクリミア半島も、決壊したダムの近くにある運河からの淡水に頼っているため、水の供給に影響が出る恐れがある」と指摘する。

ウクライナ軍の反攻は4日以降、本格化している。反攻の作戦目標はできるだけ広範囲の領土を奪還することと、ロシア本土と軍事要塞化したクリミア半島を結ぶ「陸の回廊」を分断することだ。ロシア軍は反攻に備えて、ウクライナ軍の侵攻が予想される前線800キロメートルに塹壕、対戦車溝、「竜の歯」などによる防御線を構築した。

川幅の広いドニプロ川は自然の要害になっているため、他の前線に比べてロシア軍の守りは手薄になっている。このためウクライナ軍のヘルソン州での南下を妨害するため、ロシア軍がカホフカ水力発電所ダムを破壊して一帯を水浸しにし、渡河作戦を困難にするのは想定内のシナリオだった。

ロシア軍の大砲やミサイル、ドローンによる砲撃の中、装甲旅団が川を渡るのは危険を伴う。BBCは「1941年、ソ連軍はドイツ軍の進撃を阻止するため、ドニプロ川にかかるダムを爆破した。その時の洪水で数千人のソ連国民が犠牲になったと言われている。ウクライナ南部の戦略的チェス盤をひっくり返すことは反攻の次の手を遅らせる可能性がある」と指摘する。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 9

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story