コラム

脚が吹き飛び、胸を撃たれた時の対処法は? ウクライナ「救護訓練」で見た国民の覚悟

2022年06月24日(金)17時10分
ウクライナ戦闘外傷救護

ウクライナ兵に米軍の戦闘外傷救護の仕方を教えるマーク・ロペス氏(左、筆者撮影)

<元米兵が指導する戦闘外傷救護コースには、兵士や軍医のほか13歳の少年も参加。参加した筆者が見たウクライナ人たちの「危機意識」>

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]ロシア軍の占領地域から約50キロメートルしか離れていないウクライナ中部クリヴィー・リフを訪れた。放射性物質の闇取引の取材で2015年にモルドバの首都キシナウで偶然知り合った元米陸軍兵士マーク・ロペス氏から「ウクライナ兵に戦闘外傷救護を指導しているので一度、見に来ないか」と誘われたからだった。

ポーランドの首都ワルシャワからウクライナ西部リビウまで長距離バスで9時間以上、リビウからウクライナの首都キーウまで寝台列車で一晩、キーウからクリヴィー・リフまで寝台列車でまた一晩という長い旅だった。途中、キーウで落ち合ったマークは50メートル先から「ハイ、マサト。こっちだよ」と大声で呼びかけてきた。

ロシア軍が撤退し、大砲の射程から外れたキーウは安全になったとは言え、戒厳令下の首都を歩く年配のアジア系カップルは珍しいので、すぐに分かったようだ。マークは通訳のアレクサンドルと、ディマという現地の若手助手2人を連れていた。マークはイラク、アフガニスタン戦争にも従軍したベテランで、今回は自ら志願して5月からウクライナ軍に加わった。

米陸軍での階級を確認すると「今はウクライナ軍の少佐だよ」とマークは屈託なく笑った。14年から4年間、現地でウクライナ軍に爆発物探知や戦闘外傷救護を指導した経験を持つだけに、ウクライナの地理から経済、政治、戦況すべてに精通している。筆者がウクライナ入りを決めたのもマークならどれぐらいのリスクがあるか的確に判断できると考えたからだ。

「アフガンの恩人がカリフォルニアに来られることに」

アレクサンドルが寝台列車の手配からスマホへの空襲警報アプリのダウンロードまで済ませてくれた。ロシア軍の占領地域に近いクリヴィー・リフではリビウやキーウ以上に空襲警報が鳴り響くが、「ロシア軍は長距離ミサイルをほぼ使い果たしているから、安心しろ」というマークの言葉通り、地元の人たちは普段の生活を取り戻そうと努めている。

クリヴィー・リフにある研究所で開かれた戦闘外傷救護の教室に参加した日、マークは「私の命の恩人であるアブドゥル・ハディが家族と一緒に、ついにカブールからカリフォルニアに来られることになったんだ」とうれしそうに話した。アフガンに従軍していた頃、マークを乗せた車は即席爆発装置(IED)の爆発に見舞われた。運転手は死亡した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハマス、拠点のカタール離れると思わず=トルコ大統領

ワールド

ベーカー・ヒューズ、第1四半期利益が予想上回る 海

ビジネス

海外勢の新興国証券投資、3月は327億ドルの買い越

ビジネス

企業向けサービス価格3月は2.3%上昇、年度は消費
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story