コラム

インド太平洋の要である日本はAUKUSで悪化した米仏の関係修復に動け

2021年09月23日(木)14時37分

今年6月、モリソン首相をパリに迎えた際、エリゼ宮(仏大統領府)で「オーストラリアの要求に迅速かつ十分に応えるつもりだ」と述べ、オーストラリア側に配慮を示している。オーストラリア国防省トップが建造費の超過や計画の遅延を理由に「代替案」の可能性まで示唆していたからだ。

2030年代初頭に仏製のディーゼル潜水艦12隻を配備できたとしても、通商関係を武器に攻めてくる中国の脅威を抑制できないという不安をオーストラリアは払拭できなかった。「われわれの戦略的利益を満たすものではない」とモリソン首相は言い切った。今回のコロナ危機で、ウイルスの起源を明らかにしようとしない中国への不信はピークに達していた。

インド太平洋の安全保障を考えると、米英豪の海洋民主主義3カ国の政治判断は絶対的に正しい。申し訳ないが、フランスには泣いてもらうしかない。

来年4月に仏大統領選を控えるマクロン大統領は右翼政党「国民連合」のマリーヌ・ルペン党首と世論調査で一進一退の攻防を繰り広げている。コロナ対策を巡る反ロックダウン(都市封鎖)、反ワクチン・ポピュリズムの台頭で足元が揺らいでいる。そこに雇用を生む潜水艦建造契約が一方的に白紙撤回されるかたちとなり、政治的に大きな打撃を受けた。

インド太平洋に重要な軍事拠点を持つフランスはこの地域に7千人の部隊を常駐させ、南シナ海にも原潜と支援艦を展開、フリゲート艦をベトナムに接岸させるなど、アメリカの「航行の自由」作戦を支援してきた。EUのインド太平洋戦略を牽引してきたという自負もある。「バイデンよ、それなのにどうして」という無念さがフランスにはある。

欧州とアメリカの間に亀裂

ジャン=イヴ・ルドリアン仏外相は「二枚舌、重大な背信行為、侮辱」とアメリカとオーストラリアをなじり、イギリスについても「日和見主義」とこき下ろした。欧州はこれで「大統領がドナルド・トランプ氏からバイデン氏に変わってもアメリカ第一主義は変わらない」という思いをさらに強めたのは間違いない。

ホワイトハウスの外交・安全保障政策はバイデン大統領、アントニー・ブリンケン国務長官、ロイド・オースティン国防長官、ジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官の4人で決められていると米シンクタンク、ブルッキングス研究所のコンスタンツェ・ステルツェンミュラー上級研究員は指摘する。

アフガニスタンからの米軍撤退がもたらし混乱、EU市民のアメリカへの渡航禁止継続、そして寝耳に水だったAUKUS締結発表でアメリカは欧州の信頼を失った。冷徹な国際政治にも根回しは不可欠だ。米欧の分断が深まれば、マクロン大統領が「脳死しつつある」と揶揄(やゆ)した北大西洋条約機構(NATO)が空洞化する恐れさえある。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CPI、4月は前年比3.4%上昇に鈍化 利下げ期

ビジネス

米小売売上高4月は前月比横ばい、ガソリン高騰で他支

ワールド

スロバキア首相銃撃され「生命の危機」、犯人拘束 動

ビジネス

米金利、現行水準に「もう少し長く」維持する必要=ミ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story