コラム

中国のハッカー攻撃を米欧日が非難、狙いは南シナ海の制海権と感染症情報

2021年07月20日(火)11時41分

一方、APT40のターゲットは通商だけでなく、情報やデータ、保健分野の感染防護具やワクチンに及ぶ一帯一路構想の要衝だ。2013年以降、海運、防衛・航空機産業、化学、研究・教育、政府、技術機関にハッキングを仕掛けてきた。エンジニアリングと防衛に重点を置く一方で、東南アジアなど地域の現地企業に対するサイバースパイも行っている。

ファイア・アイは「APT40の活動は海軍力を近代化しようとする中国の努力に対応したサイバースパイだ。大学での広範な調査プロジェクトを狙って海上の設備や船舶の設計を入手している。怪しまれないようジャーナリスト、業界誌記者、関連する軍の組織や非政府組織(NGO)の一員になりすましてスピアフィッシングメールを送ってくる」と警鐘を鳴らす。

APT40は中国標準時に合わせて活動、中国業者が登録したドメインを使っていたことからアシがついた。中国海軍の近代化支援のため、少なくとも2013年から活動しているAPT40は、海洋技術を扱うエンジニアリング、運輸、軍事産業分野を標的にしている。一帯一路構想で戦略的に重要な国のカンボジアや香港、フィリピン、マレーシア、サウジアラビアを狙っていた。

外洋海軍の編成も視野

16年12月に南シナ海で中国人民解放軍海軍が米海軍の無人潜水機を拿捕したことがある。このあとAPT40は無人潜水機メーカーになりすまし、海軍研究に携わる大学にハッキング攻撃をかけていた。ファイア・アイは「APT40が海洋情勢と海軍技術に重点を置いていることから、最終的に外洋海軍を編成するという中国人民解放軍の目標を後押ししている」と指摘する。

自動運転で自律的に海中を動き回れる軍用無人潜水機の実用化に中国が成功すれば、米欧の空母打撃群や軍艦は南シナ海に入って行きにくくなる。水上に浮上しない無人潜水機を探知するのは難しいからだ。APT40は、カンボジア総選挙など、東南アジアや南シナ海の領有権争いに関係している国や組織を標的にハッキング攻撃をかけていることも分かっている。

対中強硬派アングロサクソンのアメリカやイギリスが中国の国家支援ハッカーの摘発を進めているのは、地政学上、中国を安全保障の脅威とみなさず、経済関係を優先させるドイツやイタリア、フランス、ハンガリーなど欧州大陸の対中宥和派に釘を刺す狙いがある。北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)、オーストラリア、ニュージーランド、日本が声をそろえて中国のサイバースパイを非難した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:アルゼンチン止まらぬ物価高、隣国の町もゴ

ビジネス

アングル:肥満症薬に熱視線、30年代初頭までに世界

ワールド

イスラエル、新休戦案を提示 米大統領が発表 ハマス

ビジネス

米国株式市場=ダウ急反発、574ドル高 インフレ指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    F-16はまだか?スウェーデン製グリペン戦闘機の引き渡しも一時停止に

  • 2

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入、強烈な爆発で「木端微塵」に...ウクライナが映像公開

  • 3

    「ポリコレ」ディズニーに猛反発...保守派が制作する、もう1つの『白雪姫』とは

  • 4

    インドで「性暴力を受けた」、旅行者の告発が相次ぐ.…

  • 5

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 6

    「人間の密輸」に手を染める10代がアメリカで急増...…

  • 7

    「集中力続かない」「ミスが増えた」...メンタル不調…

  • 8

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 9

    ロシアT-90戦車を大破させたウクライナ軍ドローン「…

  • 10

    米女性の「日焼け」の形に、米ネットユーザーが大騒…

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 7

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story