コラム

シリア・北朝鮮...地政学的リスクに市場が反応しない理由

2017年04月18日(火)12時10分

減税とインフラ投資が遅れるようなら市場は反応する

トランプ氏は大規模な減税とインフラ投資を公約に掲げており、世界の株式市場はこれらに対する期待感で上昇が続いてきた。ただ、財源の手当てなど現実的な課題が山積しており、トランプ政権は事実上の予算案である予算教書の詳細版を策定できない状況にある。
 
このまま必要に応じて軍事的なオペレーションが続くのだとすると、財政的にはさらに厳しい状況に追い込まれることになり、減税とインフラ投資の実現が遠のいてしまう。

その意味で、現在進行中の北朝鮮問題は要注目といえるだろう。現段階でトランプ氏は自身のツイッターで「中国が北朝鮮問題で協力するなら、貿易交渉は良い結果になる」と述べており、北朝鮮問題と中国との貿易交渉はパッケージ・ディールであることを示唆している。

中国との貿易不均衡是正の優先順位は高く、中国がある程度の妥協を示せば、北朝鮮に対する単独介入というオプションは消滅することになる。
 
だが、トランプ政権には交渉そのものを自己目的化している側面があり、中国側の出方次第では、北朝鮮問題がどのように転ぶのか予測しにくい。骨格となる戦略が不在のまま、なし崩し的に軍事介入が増加すれば、財政逼迫への懸念から経済政策の実現にも影響が及ぶ可能性がある。

もっとも、戦略の不在が市場に対してすべてマイナスなのかというと必ずしもそうではない。当初、人権外交を標榜し、中国に対して強気の姿勢で臨んだクリントン政権(1993~2001年)は、突如、中国に対する外交方針を転換。その後は人権問題の矛先を旧ユーゴスラビアに向け、セルビア空爆を強行するなど、場当たり的な外交を繰り返した。

だがクリントン時代の米国経済はめざましい成長を遂げている。IT企業に対する政策的後押し(情報スーパーハイウェイ構想)もあり、在任中にダウ平均株価は3000ドルから1万ドルへと3倍以上に上昇した。あくまで結果論かもしれないが、クリントン時代には財政再建も進み、経済運営はほぼ完璧だったといってよい。

この事実からも分かるように、外交政策と良好な経済は必ずしも一致しない。だが外交政策のツケが経済政策に回ってくるようなら、市場は当然にそれを不安視することになる。市場がトランプ政権に対して抱いている懸念は、安全保障上のものではなく、あくまで経済運営についてである。

【参考記事】「トランプ自体がリスク」という株式市場の警戒感

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story