コラム

パレスチナ問題の特殊性 中東全体の危機へと広がり得る理由

2019年04月25日(木)11時35分

イスラエルに捕らえられているパレスチナ人の解放を訴えるデモで、囚人に扮して抗議をする人々(ガザ、2019年4月17日) Mohammed Salem-REUTERS

<ネタニヤフの続投が決まり、進行中のパレスチナ危機はますます拡大しそうだ。その背景には2つの動きがあるが、それらは中東に何をもたらすのか。単純に考えれば、次の中東危機は2020年前後となる>

※前回コラム:ネタニヤフ続投で始まる「米=イスラエル=サウジ」のパレスチナ包囲網

ネタニヤフ首相は総選挙期間中、ヨルダン川西岸にあるユダヤ人入植地を併合する方針を明らかにした。

その強硬姿勢の背後に、イスラエルが占領しているシリア領のゴラン高原でのイスラエルの主権を認める宣言をしたトランプ米大統領の存在や、2018年に急速に進んだサウジアラビアが主導する湾岸アラブ諸国との接近の動きがあることは、前回のコラムで取り上げた。

そのような動きは、中東に何をもたらすのだろうか。

イスラエルが占領地を併合し、トランプ政権がそれを認定する動きは、2017年12月にエルサレムをイスラエルの首都と認定し、18年5月に米大使館をエルサレムに移転した時に始まった。パレスチナのアッバス議長は「米国は和平の仲介者であることを放棄した」と反発した。

米国が主導してきた中東和平プロセスは、1967年の第3次中東戦争の後に採択された国連安保理決議242に基づいている。イスラエルは戦争で、エジプトの支配下にあったガザと、エジプト領だったシナイ半島、シリア領のゴラン高原、ヨルダンの支配下にあった東エルサレムとヨルダン川西岸のすべてを占領する大勝利を挙げた。

安保理決議242は、①イスラエルが武力で占領した地域からの撤退、②戦争状態の終結と、地域のすべての国々の主権と領土の保全、政治的独立、平和に暮らす権利の尊重――を求めた。

これはイスラエルの占領地からの撤退と引き換えに、アラブ諸国がイスラエルの生存権を認めた決議であり、「土地と平和の交換」の原則とされ、その後、現在に至るまで中東和平実現の原則となっている。

イスラエルが占領地を併合して主権を主張することは、安保理決議242に反するものである。米国は、これまではイスラエルの一方的な措置に対して一応、距離を置いていた。ところが、トランプ大統領は露骨にイスラエルと一体化するような動きをとった。

1年間続く抗議デモにイスラエル軍が実弾も発射、195人死亡

2018年は第1次中東戦争(1948年)でパレスチナ人が難民化して70年の節目であり、米国の「エルサレム首都認定」に抗議するパレスチナ人が3月末から、故郷のパレスチナへの帰還を求める「帰還の行進」を始めた。現在に至るまで、毎週金曜日に民衆デモが続いている。

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は19年3月末、「帰還の行進」1年を総括した報告書を発表したが、そこには次のように記述されている。

「抗議デモは概ね非暴力であり、参加者の圧倒的な多数が武器になるものを所持していなかったが、しばしばイスラエルの分離壁に対して投石をしたり、物を燃やしたりする行為や、イスラエル軍に対して火のついた布を括り付けた凧や風船を飛ばすことはあった。それに対してイスラエル軍は、12カ月間にわたり、市民のデモに向けて催涙ガス、ゴム弾、さらに実弾を発射した。国連人道問題調整事務所(OCHA)の発表によると、19年3月22日までにイスラエル軍によって殺害されたのは(18歳未満の)子供41人を含む計195人であり、負傷者は2万9000人に上る。負傷者のうち、7000人は実弾による負傷である」

UNRWAはガザで22の医療センターを運営しているが、抗議デモに参加して負傷し、医療センターで治療を受けた子供は533人とし、その内訳は、95%が男子、女子は5%。年齢の分布では、9歳以下が23人(4%)、10-14歳は150人(28%)、15-17歳は360人(68%)だった。高校生に当たる年齢が3分の2を占めるが、3分の1は小中学生というのは驚きである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story