コラム

大混乱のスコットランド民族党と独立の行方

2023年04月20日(木)13時05分
ハムザ・ユーサフ

スコットランドの新首相に就任したハムザ・ユーサフは非難を一蹴できる?(4月、訪問先の児童クラブで) ANDY BUCHANAN-POOL-REUTERS

<スコットランド独立を唱え、高い支持を得ているスコットランド民族党(SNP)が党首の辞任や幹部の逮捕で揺れているが>

議論の余地はあるものの、スコットランド民族党(SNP)はイギリスで最も成功している政党だ。英議会ではスコットランドの59議席中48議席を獲得したし、2011年からスコットランド自治政府の政権与党を維持している。直近21年のスコットランド議会選挙では、かつてスコットランド政治で最大勢力だった労働党に、26ポイントの大差で勝利した。それでも今のSNPを一言で表すなら「大混乱」がふさわしい。

ほんの短期間で、あまりに多くのまずい事態が頻発した。同党のカリスマ的リーダー、ニコラ・スタージョン首相は2月、重責のストレスを理由に突然、辞任を表明。その「本当の理由」について、憶測がささやかれた。女性の権利への悪影響が広く懸念されているにもかかわらず、性別変更を容易にする法案をSNPが推進したことが致命傷になったと、多くの人が感じている。

続く新党首争いも対立が絶えず、結局は「踏襲型」候補のハムザ・ユーサフがごく僅差で勝利した。SNP党内は、スコットランド独立という最重要課題に集中すべきだという派閥と、(性別を自ら決められるなどの)急進的・進歩的政策も追求すべきだという派閥に分断された。

なお悪いことに、SNPは資金運営に関して警察の捜査を受けた。スタージョンの夫であるピーター・マレルが3月に党幹部を辞任、さらに4月には資金流用の疑いで逮捕され、後に不起訴で釈放された。新党首は事態の収拾に苦戦し、ハムザ・ユースレス(役立たず)とまで呼ばれる始末。

彼はかつて無保険の車を運転して捕まったことがあるが、その後にスコットランド司法相となり、さらにスコットランドで救急車待ちと診察待ち件数が深刻化した医療崩壊状態(イングランドの件数よりずっとひどい)の時代の保健相を務めた人物ということでイングランドでは有名だ。

それ以前でも、SNPではアレックス・サモンド元首相が在任中の性的暴行容疑で逮捕される騒動があった。サモンドは20年に無罪判決を言い渡されたが、彼の行動は世間から、控えめに見ても不適切だったと捉えられている。一方でサモンド支持者は、失脚を狙ってスタージョン派に仕組まれたのだろうと考えている。

独立がもたらす騒動は避けたい

そんなこんなで、SNPはボロボロで、漂流し、分裂しているように見える。イギリスとの統合維持を支持するユニオニストは、スコットランド独立の大義が大打撃を受けたと考えている。

奇妙なことに、この事態で最も得をするのは労働党のキア・スターマー党首かもしれない。次の英総選挙で労働党が勝つ可能性はかなり高くなっているが、もしもスコットランド議席をSNPから奪還することができれば、さらに勢いづくだろう。対してこの事態で英与党・保守党の票が伸びることはあまりなさそうだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアとの戦争、2カ月以内に重大局面 ウクライナ司

ビジネス

中国CPI、3月は0.3%上昇 3カ月連続プラスで

ワールド

イスラエル、米兵器使用で国際法違反の疑い 米政権が

ワールド

北朝鮮の金総書記、ロケット砲試射視察 今年から配備
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story