コラム

「無傷で乗り切れたのは幸運だった」児童性的虐待が蔓延していた時代を生き延びて

2023年04月06日(木)16時45分
少年サッカーチーム

数十年前、教会や学校、スポーツチームなどで児童性的虐待が頻発していたことは、イギリスの国家的トラウマになっている(写真はイメージです) matimix-shutterstock

<学校や教会、スポーツクラブで、「信頼すべき大人」による児童性的虐待が多発していた数十年前のイギリスでは、至る所に魔の手があった>

まず結論を言っておくと、僕自身が惨事に遭ったわけではない(これから述べる現在の話も、過去の話でも)。僕は先日、救急外来の世話になったのだが、診察を受けた結果、何事もなくて済んだ。でも、同じ部屋にもう1人だけいた女性患者にとっては、実にトラウマに満ちた時間だったようだ。数十年前の子供時代に受けた性的虐待に苦しんで自殺を図ろうとした女性だったのだから。あまりに彼女が苦しそうな様子だったので、僕まで自分のつらい記憶の数々を思い出す羽目になってしまった。

とは言っても僕は、児童虐待が蔓延していた時代に育ち、カトリック教会のコミュニティーやボーイスカウトやスポーツチームなどといった特に虐待を受けやすい環境に身を置いていたにも関わらず、無傷で乗り切ることができたのだから、「幸運」だったとも言える。今ではこれらは全てハイリスクであることが知られている。でも、もっとはるかにひどい場所があった。介護施設、里親家庭、虐待的な父親がいる家庭、などだ。

それはイギリスの国家的トラウマになっており、頻繁に耳にする話であり、BBCのレイプ犯ジミー・サビルや少年虐待犯のサッカー元コーチであるバリー・ベネルなど、特に「有名人」の虐待者が話題に上る。でも、これはイギリスだけで起こっているわけではない。児童虐待問題を扱った映画、『スポットライト 世紀のスクープ』(アメリカ)や『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(フランス)などを見た時、少し状況が違えば自分にも起こり得たことだと知って、心の底から怒りを覚えた。

僕が10歳の時、風変りな見習い司祭が僕たちの小学校に頻繁に出入りしていた。彼は、「子供たちの教会通いを奨励する」ことに非常に興味を持っていると語り、明らかに子供たちにつきまとっていた。とはいえ、世間的な感覚の「子供好き」というようにも見えなかった。彼は僕たちを支配するのが好きなようだった。彼は正式な司祭でもなかったのに、僕たちは彼を「ファーザー・トニー」と呼ぶように言われた。

子どもへの性的虐待は、屈辱的な 「しつけ」 によって子どもを支配したいという欲求と複雑に結びついている。数年後に、彼が刑務所行きになった時 (わずか3年間の服役だった) 、彼がかつて僕を怒って罵倒し、無理やり謝罪させたことが3度あったことを思い出してゾッとした。僕のやらかした「罪」とやらは、彼が盗み聞きしているところで、いかにも「10歳の男の子」だったらよくやるだろうという類のことをしていたにすぎなかったのに。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:アルゼンチン止まらぬ物価高、隣国の町もゴ

ビジネス

アングル:肥満症薬に熱視線、30年代初頭までに世界

ワールド

イスラエル、新休戦案を提示 米大統領が発表 ハマス

ビジネス

米国株式市場=ダウ急反発、574ドル高 インフレ指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    ロシアT-90戦車を大破させたウクライナ軍ドローン「精密」特攻...戦車の「弱点」を正確に撃破

  • 3

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...痛すぎる教訓とは?

  • 4

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 5

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 6

    米女性の「日焼け」の形に、米ネットユーザーが大騒…

  • 7

    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「…

  • 8

    1日のうち「立つ」と「座る」どっちが多いと健康的?…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    「同性婚を認めると結婚制度が壊れる」は嘘、なんと…

  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 3

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 4

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 5

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 6

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 7

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 8

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    カミラ王妃が「メーガン妃の結婚」について語ったこ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story