コラム

トラス英首相を新たな「鉄の女」とか言うのはどうなの?

2022年09月16日(金)16時35分
マーガレット・サッチャー(左)とリズ・トラス

トラス(写真右)本人もサッチャー(同左)を意識しているとは言われるが、やたらと『鉄の女』と比較する論調が目立つ From Left:Roy Letkey-REUTERS, Hannah McKay-REUTERS

<イギリスに3人目の女性首相が誕生し、もはや性別など言及する必要もなくなったが、いまだに女性の場合だけやたらとサッチャーと比較されるのはいただけない>

イギリス人が初めて女性首相を選んだとき(1979年のマーガレット・サッチャーだ)、それは一大事件だった。2度目のときは(2016年のテリーザ・メイ)、1度目が決して「唯一」の例ではなかったということを証明できたから意義深いことだった。今回、リズ・トラスの性別については特に言及する必要もなくなっている。

ただ、トラスであれメイであれ、果たして新たな「鉄の女」になるだろうか?との疑問を持たれることから、いまだに女性差別が存在している様子が見て取れる。彼女たちはあからさまにサッチャーと比較され、サッチャーの基準に沿うことを期待される。

男性の首相たちは、こんな扱いは受けない。デービッド・キャメロンは新たなチャーチルになるだろうか、と言う人など誰もいなかったし、トニー・ブレアは次のクレメント・アトリーになるだろう、などという声もなかった。

チャーチルを強烈に意識しているように見えたことから、時にはボリス・ジョンソンがチャーチルと比較されることはあった(結論はいつも、ボリスは偉大なるチャーチルの「物まねをする」男だ、ということに落ち着いた)。

興味深いのはトラスが、サッチャーが1979年に直面した特殊な問題に取り組む数十年ぶりの首相になるだろう、という点だ。つまり、家計と経済に著しいダメージを与えている高インフレ、そして労働者に募る不満だ。既に鉄道運転士や他の交通機関関係者を中心にストライキが数多く起こっていて、実に厄介な事態になっている。サッチャーはインフレにも労働者に対しても、強硬な政策を実施した。

EU「残留派」からあっさり離脱容認へ

でも、トラスは性格的にサッチャーとは大きく異なる。サッチャーは政治的問題なら何であれ、とても明確で、独断的な意見を持っていた。それは彼女の最大の強みであり、弱みでもあった。この性格のおかげで彼女は困難な時を乗り越えられたが、最終的に彼女は、この性格のせいで支持を得たい人々から切り捨てられた。サッチャーはまさに「鉄の女」の名にふさわしいが、彼女がもしも、たとえば不評だった人頭税などの政策にあと少しだけ柔軟な姿勢を見せていれば、ひょっとするともう少し長く任期を務められたかもしれない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ボーイング、通期キャッシュフローがマイナス見通しに

ビジネス

米国株式市場=下落、インフレ懸念が重し エヌビディ

ビジネス

再送-インフレなお懸念、利下げまで「忍耐強く」ある

ワールド

トランプ氏、大統領選後にWSJ記者解放と投稿 ロシ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決するとき

  • 2

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレドニアで非常事態が宣言されたか

  • 3

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」...ウクライナのドローンが突っ込む瞬間とみられる劇的映像

  • 4

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 5

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 6

    韓国は「移民国家」に向かうのか?

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 9

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 10

    国公立大学の学費増を家庭に求めるのは筋違い

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 8

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 9

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 10

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story