コラム

ロンドン暴動から10年、イギリスにもう1つの分断が

2021年06月29日(火)16時00分

2011年8月、ロンドンの暴動はイギリス各地に広がった Agence Vu/AFLO

<2011年8月、ロンドンからイギリス各地に拡大した暴動の発端となった、警察による黒人男性射殺は、イギリスの大きな分断を明らかにしている>

10年前、ロンドンで暴動が発生し、イギリス中に拡大した。イギリス人なら誰しも覚えている衝撃的な出来事だ。僕は当時、20年近い外国生活を経てイギリスに帰国したばかりだったから、母国の驚くべき一面を改めて思い知らされることになった。

明らかにイギリスには、他者には理解も及ばないような怒れる底辺層が存在していた。僕たちは今なおその現実と生きている。2つのイギリスが存在し、今日に至るまで政治はその分断を修復できていない。

例えば保守党は、貧困層をより豊かにして社会的機会を増大させるという「底上げ」策を語る。労働党はかなり左傾化を続け、労働者を通り越して少数派を代表する党にまで成り果てている。どちらの党もその過程で、伝統的な支持層を失うリスクを冒した。労働党は直近の総選挙で惨敗しているし、保守党は6月に行われた補欠選挙で、盤石なはずの議席を1つ失った。

奇妙なことに、10年たって僕が最も強い関心を覚えるのは、当時はほとんど気に留めなかったもの――マーク・ダガンだ。

「事実」はまだ論争の的

10年前、僕は暴動によって明るみに出た社会問題の数々に心を奪われていた。ある意味、僕はダガンが警察官に射殺された事件を、暴動の単なる発端くらいに考えていた。でも今、僕が一番疑問に思うことはこれだ。ダガンをどう見るか? この質問はイギリスの価値観と見識における大きな分断を明らかにする。

彼を英政府による犠牲者だと捉える人もいる。黒人でスラム街の若者だった故に警官に殺されたのだ、と。あるいは彼を、無法者生活の重い代償を払った1人の犯罪者と見て、彼が殉教者に祭り上げられているのはおかしいと感じている人もいる。

「事実」はいまだ論争の的だ。ダガンは間違いなくドラッグ取引の犯罪者集団のメンバーで、暴力事件を起こしていると評判だった。ダガンがギャングの主力メンバーだったのか「準構成員」程度だったのかは定かではない。彼は何度も逮捕歴があり、中には殺人容疑もあったが、証拠不十分で不起訴になった。だから彼は「ただの」大麻所持と盗品所持で前科あり、ということになっている。

ダガンが射殺された日、武装警官は彼が銃を運んでいるとの情報を得て現場に駆け付けた。これは正しかった。銃の入っていた箱に彼の指紋が残っていたからだ。数年来ロンドンで銃による殺人事件が急増していたことから、警察は銃器押収に力を入れていた。ダガンは、復讐殺人のために銃を購入したのではと疑われていた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:押し寄せる欧州リスクオフの波、7月の需給

ビジネス

ブラックストーン、「めちゃコミ」運営のインフォコム

ビジネス

シェル、LNG会社パビリオン・エナジー買収へ テマ

ワールド

タイ裁判所、タクシン元首相の保釈許可 王室に対する
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:サウジの矜持
特集:サウジの矜持
2024年6月25日号(6/18発売)

脱石油を目指す中東の雄サウジアラビア。米中ロを手玉に取る王国が描く「次の世界」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は「爆発と強さ」に要警戒

  • 2

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 3

    えぐれた滑走路に見る、ロシア空軍基地の被害規模...ウクライナがドローン「少なくとも70機」で集中攻撃【衛星画像】

  • 4

    800年の眠りから覚めた火山噴火のすさまじい映像──ア…

  • 5

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 6

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 7

    中国「浮かぶ原子炉」が南シナ海で波紋を呼ぶ...中国…

  • 8

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 9

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 10

    水上スキーに巨大サメが繰り返し「体当たり」の恐怖…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…

  • 5

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 6

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 7

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 10

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 8

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 9

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 10

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story