コラム

リバプールFWサラーの「メリークリスマス」炎上が示す「イスラム教の内紛」

2022年01月18日(火)20時15分
モハメド・サラーのツイート

クリスマスを祝うサラーのツイート(2021年12月) MOHAMED SALAH/TWITTER

<「アラブの誇り」とまで言われるエジプト代表選手が、クリスマスを祝うことは現代のイスラム教においては「おかしなこと」ではない>

イングランド・プレミアリーグ、リバプールのFWであるモハメド・サラーはエジプト人イスラム教徒だ。彼はエジプト代表に選ばれる卓越したサッカー選手として知られているだけでなく、ゴールを決めるとフィールドにひれ伏し、神に感謝をささげる行為に代表されるイスラム教徒としての敬虔さから、「アラブの誇り」とも呼ばれている。

このサラーが昨年12月、ツイッターにメリークリスマスというハッシュタグと共にクリスマスツリーの下、家族4人でくつろぐ写真を投稿すると、28万もの「いいね」が付いた一方で、アラビア語や英語で2万を超えるほぼ批判のコメントが寄せられる「炎上」状態になった。

「あなたは偉大なプレーヤーであり、善良な人間であり、神はあなたにお金、名声、そして人々の愛を与えた。だが知るがいい。神は瞬く間にあなたからそれを奪えるということを」という批判コメントには1万5000以上の「いいね」が付いている。

サラーの投稿への反発の大きさは、イスラム教徒が一般にクリスマスを祝ってはならないと信じられている証しだ。イスラム法は従来、『コーラン』や預言者ムハンマドの言行に基づき、イスラム教徒がクリスマスやバレンタイン、ハロウィーンなど異教の祝祭を祝うことを禁じてきた。

エジプト大統領の融和政策

しかし近年、エジプトのイスラム法学者はそれらを許容する判断を出している。背景には2014年に就任したシシ大統領が、国民の約1割を占めるキリスト教の一派コプト教徒との融和と宗教的不寛容との対決を政治課題に掲げたことがある。イスラム教徒がコプト教徒を殺害・誘拐したり教会を襲撃したりすることは、エジプトの人権問題として長年、国際社会から非難されてきたからだ。

シシは15年にエジプトの大統領として初めて、コプト教のクリスマスのミサに参加した。ほかにも教会の建設や修築することを許可するなど、目に見える形で改革を進めている。

これはシシが進めるイスラム過激派との戦いの一環でもある。これまで多くのコプト教徒が過激派組織「イスラム国」(IS)をはじめとするイスラム過激派の襲撃の犠牲になってきた。異教徒を敵視するのは憎むべき過激派の所業であり許されない、というのがシシ政権の方針だ。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story