コラム

研究者の死後、蔵書はどう処分されるのか──の、3つの後日談

2022年07月28日(木)17時00分

さて、唯一のオマル・ハイヤームの「ロバーイヤート」だが、「イラン出版の父」ともいわれるモハンマド・ラマザーニーという人の出版社、コラーレ・イェ・ハーヴァル社が刊行したもので、発行年はイラン暦1305年とあった。西暦でいうと、1926年である。

有名なサーデグ・ヘダーヤト版が出たのが1923年なので、オマル・ハイヤームのテキストとしては比較的古いものといえるだろう。ただし、他言語への翻訳の底本として用いられたケースは見つからなかった。

学術的な価値は少ないということなのであろうか。このあたり、表紙しか見ておらず、中身を読んだわけではないので、わからない(ペルシア文学は専門外なので、読んだところでその価値を理解するところまではいかないが)。

はたと気づいたのだが、面倒な仕事を押しつけやがってと文句をいいながら、実はいつのまにかけっこう喜んで調べている。書誌学的な側面だけでなく、頼まれてもいないのに、本をめぐるさまざまな人間模様にも思いを馳せるようになっているのである。

蔵書の主が何を考え、どういう経緯でこれらの本を購入し、家族にもわかるほど、大事に保存していたのはなぜなのか。

前回の文章を書いたときに、KindleやPDFで保存すれば、蔵書問題は解決だと主張する人が少なからず存在した。たしかに、それはそうなのだが、少なくともKindleでは、テキストは読めても、一冊の本をめぐるさまざまな人間模様まで読み取ることはできないだろう。この醍醐味こそ、デジタル化されていない紙の本の魅力なのかもしれない。

ちなみに、今回調べてみたコラーレ・イェ・ハーヴァルから出版されたオマル・ハイヤームのロバーイヤートは、イランのオンライン古書店でも売っていた。金額は285万トゥーマーン(トマン)であった。

「トマン」なんて単位は、学生時代に読んでいたガージャール朝時代の統計文書に出てきて以来だったので、ちょっと驚いたが、日本でより知られているリヤール(リアル)に換算すると、1トマン=10リアルだそうだ。つまり、本の価格は2850万リアルとなる。

イラン・リアルは現在の実勢レートだと1ドル=4万2000リアル程度だが、円もかなり安くなっているので、ここで円換算してもあまり意味はないだろう。関心のあるかたは、ご自身で調べてみてください。

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プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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