コラム

「大炎上」アメリカ学生デモはアメリカ社会のイデオロギー戦争だ

2024年05月18日(土)19時32分
デモ

MITのキャンパスで人間の鎖をつくるデモ参加者たち(5月6日) VINCENT RICCIーSOPA IMAGESーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES

<名門コロンビア大学の卒業式中止にまで発展した全米各地の反イスラエル・親パレスチナ学生デモ。ここまで事態が拡大したのは、ガザ反戦にとどまらず、デモがアメリカ社会における保守派と進歩派のイデオロギー戦争に変質したからだ>

学生たちがキャンパスにテントを張り、大学の建物を占拠し、抗議のスローガンを叫んでいる。東海岸のハーバード大学から西海岸の南カリフォルニア大学まで、アメリカの大学でイスラエルのガザ攻撃に抗議する学生デモが続いている。逮捕されたデモ参加者は2100人以上。アメリカでこれほど学生デモが激化したのは、1970年代のベトナム反戦デモ以来だ。

大学でデモが拡大し、ユダヤ系の学生が憎悪の標的になるケースが増えていることを理由に、共和党主導の米下院は昨年12月、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、ペンシルベニア大学の学長を呼び出して、キャンパスにおける反ユダヤ主義について問いただした。

この動きには、共和党のもう1つの動機もあった。主として民主党系の「リベラル」で「進歩的」で「エリート主義的」な勢力に、反ユダヤ主義的で、道徳的に腐敗していて、社会を破壊しているという泥を塗りたいという思惑があったのだ。

しかし、近年のアメリカ社会で反ユダヤ主義が強まる過程では、トランプ前大統領と共和党が白人至上主義を後押ししてきたことの影響も大きかった。白人至上主義者たちは、デモ行進でたいまつと共に反ユダヤ主義的なスローガンを掲げる。

一連の学生デモに関しては、3種類の問題が重なり合っている。

1つ目は、パレスチナ人の人権を守ることと、イスラエルおよびユダヤ人の安全を守ることのバランスをどう取るかという問題だ。デモの参加者、そして多くの若い世代の目に、状況は単純に見えている。強者のイスラエルが弱者のパレスチナ人を殺戮し、抑圧しているという図式だ。

しかし、イスラエルが3万4000人以上のパレスチナ人を殺したという悲劇を前に忘れられつつあることがある。ガザ攻撃のきっかけは、昨年10月7日にパレスチナのイスラム組織ハマスが1300人を超すイスラエル人を殺害したことだった。ハマスがイスラエル国家を破壊し、ユダヤ人を全て殺すことを目標に掲げているという事実もしばしば見落とされている。

2つ目は、言論の自由の保障と、社会の治安および個人の安全のバランスという永遠のジレンマだ。この点に関連して皮肉なのは、筋金入りのイスラエル支持派を自任するトランプのような共和党政治家たちが白人至上主義をあおり、その影響により社会で反ユダヤ主義が再燃していることだ。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:デモやめ政界へ、欧州議会目指すグレタ世代

ワールド

アングル:アルゼンチン止まらぬ物価高、隣国の町もゴ

ビジネス

アングル:肥満症薬に熱視線、30年代初頭までに世界

ワールド

イスラエル、新休戦案を提示 米大統領が発表 ハマス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...すごすぎる日焼けあとが「痛そう」「ひどい」と話題に

  • 3

    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「極超音速ミサイル搭載艇」を撃沈...当局が動画を公開

  • 4

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...…

  • 5

    ロシアT-90戦車を大破させたウクライナ軍ドローン「…

  • 6

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 7

    1日のうち「立つ」と「座る」どっちが多いと健康的?…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    米女性の「日焼け」の形に、米ネットユーザーが大騒…

  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 7

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 8

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story