コラム

五輪に投影された日本人の不安は、どこから来たものだったのか

2021年09月10日(金)15時05分

そんな時代の人間を体現するのが、シェークスピアが1601年頃に執筆した『ハムレット』の主人公だ。彼は全ての真実を疑って自身の判断だけに頼り、生きる目的を求めてもがき、無意味で空虚だと見なした人生に対する唯一の解決策として自殺を考える。

「個人」の称賛と孤立、伝統的権威の失墜、相対主義と疑念の拡大に対して、文化や宗教、さらに人間自身は繰り返し抵抗してきた。

多くの国で暴徒が非人間的な機械を破壊し、「不信心者」は爆殺され、哲学者や経済学者や預言者は魂のない物質的世界を打破すべく、解釈と解答を編み出してきた。

だが何をもってしても、解き放たれた個人の理性の力や、知識や力の増大の条件にして結果でもある疑念を止めることは不可能だ。人生の方向性を見失い、伝統や社会的つながりと切り離された場合に付き物の不安も......。

1853年に黒船と共に「近代」が来航して以来、日本は文化的津波を何度もくぐり抜けてきた。あらかじめ定められた社会的宿命に縛られることは、ほとんどなくなった。だが自由とは、方向性や居場所、目的の喪失をも意味しかねない。

日本の運命はアメリカや中国、新たな経済的・科学的プロセスといった外部からの作用によって大きく形作られる。日本にとって異質なものや慣行が、日本生まれのものと同じく日本人の生活に影響を与える。

それでも、現代主義は個人を重視するにもかかわらず、日本社会では今も同調性が重んじられる。

この両極に引き裂かれることを回避する方法の1つが、文字どおり引きこもることだ。さもなければ、日本社会の大半と同じく、孤立と矛盾が招く不安にさいなまれかねない。

「引きこもり」からの脱出

断絶的で革新的な現代化という勢力を前に、引きこもりが世間に背を向ける一方で、ジハーディストやトランプ支持者は暴力で抵抗する。

だがいずれの反応も、彼らが逃避や撃退を図る本質的現象の副産物にすぎない。従来の手法を打ち砕き、現状を破壊し、個人を中心に据えるにもかかわらず孤立させる現代化にはどうやってもあらがえない。

日本は「全てに可能性があり、一方で確実なものは何もない」ポストモダン社会に変貌している。そこでは同調をよしとする伝統的価値観が、現代的な個人の概念と衝突する。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、16-17日に訪中 習主席との関係

ビジネス

インフレ低下の確信「以前ほど強くない」、金利維持を

ワールド

EXCLUSIVE-米台の海軍、4月に非公表で合同

ビジネス

米4月PPI、前月比0.5%上昇と予想以上に加速 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story