コラム

年間3万人の死者が出る現実を直視できない、銃社会アメリカの病理

2019年09月11日(水)16時45分

オデッサの映画館前で、捜査員がボディーチェックを行う RICK LOBO VIA REUTERS

<公共の安全のための規制は認めるのに、アメリカ人が銃規制の強化にだけ猛反対する心理>

8月に相次いで報じられた銃乱射事件で、アメリカではまたも銃暴力に対する怒りが噴き出している。オハイオ州デイトンで8月4日に起きた事件では37人が撃たれ、容疑者を含め10人が死亡。31日のテキサス州オデッサの事件では33人が銃撃され、容疑者を含め8人が死亡した。

広く報道されたこの2件の惨劇よりも、アメリカの病理ははるかに深い。この2件の間に、ほかの銃撃事件で208人が撃たれ、44人が死亡している。

さらに、2001年9月11日の同時多発テロ以降、銃で殺されたアメリカ人は約63万1000人。南北戦争を除き過去250年間にアメリカが戦った全ての戦争で死んだ米軍の兵士の数に近い。

死者数は増える一方だが、「銃規制」をめぐってアメリカ人は相変わらず分断されたままで、議論は一歩も前に進まない。

銃暴力をめぐる議論は毎回、合衆国憲法の解釈をめぐる法的論争になる。憲法修正第2条は「規律ある民兵は自由な国家の安全保障にとって必要であるから、国民が武器を保持する権利は侵してはならない」と定めている。

アメリカ社会にとって、憲法は法的な重要性を超えた重みを持つ。アメリカ人のナショナル・アイデンティティーは「血縁と地縁」による同胞意識ではなく、憲法に体現されるアメリカの理念に忠誠を誓うことで担保されているからだ。そのため「銃所持の権利」をめぐる議論はアメリカ人のアイデンティティーに関わる議論になる。

ここ数十年、銃規制反対派を勢いづかせるような社会現象と政治的な動きが進んできた。まず、銃所持を通じて仲間意識や文化的な帰属意識を持つような風潮が生まれたこと。一部の銃所持者は理性ではなく情念で自分たちの「グループ」に忠誠を誓う。そして大抵は無意識のうちに、グループの見解に自分の見解を合わせる。彼らは事実を突き付けられても聞く耳を持たない。グループの主張に疑問を持てば、自分のアイデンティティーが揺らぎかねないからだ。

一方、政治的な動きの立役者は、アメリカ屈指の強力なロビー活動団体、全米ライフル協会(NRA)だ。NRAは銃規制反対派の候補者(多くは共和党)を推し、賛成派の候補者をつぶすために多額の資金を使ってきた。今や共和党はNRAの献金と、銃所持の権利を旗印とする勢力の票に大きく依存している。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動

ビジネス

必要なら利上げも、インフレは今年改善なく=ボウマン

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story