コラム

五輪開催の是非、コロナ分科会に諮問しない ── 安倍政権以来の悪弊続く

2021年06月07日(月)06時10分

振り返ってみると、日本政府のこの姿勢は前政権時代から継続している。集団的自衛権の行使は現憲法下では認められないと、いくら圧倒的多数の憲法学者が抗議しても、安倍政権は安保法案を強行採決した。菅政権が発足当初に行ったのが日本学術会議に対する人事介入であった。さらに付言すれば、日本学術会議への諮問は、2007年以来行われていない。

東京や大阪で緊急事態宣言が続く中で、オリンピック開催に関する専門家の発言を真摯に受け止めない政府の姿勢を批判する声は流石に大きくなっている。しかし、そもそもの問題は、科学的なものを軽視する政府の姿勢がこれまで許容されてきてしまったことにある。有権者の政権選択の在り方も含めて反省すべきことは多い。

絶望的なワクチン接種目標

菅政権は、オリンピック開催の切り札として、65歳以上の高齢者へのワクチン接種を7月末までに終えるという目標を掲げていた。しかし6月上旬現在で、高齢者に対するワクチン接種回数は1000万回にも達していない。65歳以上の全ての高齢者が2回接種するのに必要なワクチンの回数は7200万回といわれており、これから毎日100万回接種しても、7月末までには到底間に合わない計算だ。

菅首相は1日のワクチン接種数の目標を100万回に設定しているが、現在はやっと50万回を超えたところだ。この数字が突然2倍に増えるような見通しはない。自衛隊を動員した東京と大阪の「大規模ワクチン接種」も、フル稼働してもそれぞれ1日1万回程度であり、大きく宣伝されていた割に大勢に影響を与えるようなものではない。むしろ東京では予約システムの欠陥が指摘され、大きな混乱を招いてしまった。

確かに初動の出遅れから考えれば、現在ワクチンを1日50万回打てているのは十分な数字だ。しかしオリンピックまでの高齢者ワクチン接種目標という観点から考えれば、その達成は物理的にほぼ不可能だ。それにも関わらず政府は、この目標をいまだに取り下げていない。これは異常なことだ。あれだけ沢山の大人が関わっているのに、誰も無理だとは言えないのだ。こうした不合理なことがまかり通っているのも、政府が分科会の提言を聞き入れないことと同じく、オリンピック開催という政治目標に都合の悪い事実を全て無視するという、菅政権の非合理的な精神の顕れだといえるだろう。

観客を入れるという無謀さ

尾身会長は、オリンピック中止をはっきりと提言することはできなかった。ただし、彼はもしオリンピックをするなら「規模は最小限」に留めておくことを提言し、無観客試合などを推奨していた。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、韓国に向け新たに600個のごみ風船=韓国

ワールド

OPECプラス、2日会合はリヤドで一部対面開催か=

ワールド

アングル:デモやめ政界へ、欧州議会目指すグレタ世代

ワールド

アングル:アルゼンチン止まらぬ物価高、隣国の町もゴ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「肖像画ドレス」で歴史に名を刻んだ、プリンセス御用達

  • 3

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...すごすぎる日焼けあとが「痛そう」「ひどい」と話題に

  • 4

    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「…

  • 5

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...…

  • 6

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 7

    ロシアT-90戦車を大破させたウクライナ軍ドローン「…

  • 8

    1日のうち「立つ」と「座る」どっちが多いと健康的?…

  • 9

    米女性の「日焼け」の形に、米ネットユーザーが大騒…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 7

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 8

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story