コラム

今を生きる中国人、死後を心配する日本人

2010年01月25日(月)09時57分

今週のコラムニスト:李小牧

 私事で恐縮だが、湖南省長沙市に住む私の兄が今月18日早朝、永眠した。まだ63歳だった。持病があったわけでもなく、酒もたばこもほとんどやらない兄だが、朝トイレに立ったとき、突然脳出血で倒れたらしい。

 私とこの兄は実は異父兄弟である。母親は二度結婚していて、最初の夫が国民党員だったため文化大革命の時代には随分苦労したのだが、その最初の夫との子供がこの兄、李行健(リー・シンチエン)だった。

 苦労を共にした兄が死んだのだから本当は飛んで帰りたい。だがわが新宿・歌舞伎町の「湖南菜館」はあいにく新年会の予約が一杯で、とても店を放ったらかして帰る余裕はない。この記事がアップされる25日にようやく帰国の飛行機に飛び乗るが、残念ながらすでに現地の葬儀は終わっている。

 死者を悼む気持ちは中国人も日本人も変わりない。だが葬儀となると、同じ東アジアの国なのに随分違う。日中両国で何度も葬儀に出た私が言うのだから間違いない。

■中国の葬儀に「ぼったくり」なし

 まず、中国には日本の「斎場」的な施設がほとんどない。農村はもちろん、集合住宅が当たり前の都市部でも、人々は基本的に自宅前に自前で斎場をつくって弔問客をもてなす。中国人は葬儀の場所が家から遠く離れることを好まない。

 集合住宅の前にはたいてい駐車場や憩いの場のような一定の広さのスペースがあり、そこにテントのような仮設の屋根を設ける。遺体が入る棺桶は木製のほかに鉄製もある。遺体を前に遺族や友人たちが思い出を語り合うのは日本の通夜と同じだが、仏教はそれほど普及していないから僧侶の読経はない。

 聞けば、最近の日本のお年寄りの中には、自分の葬式がちゃんと行われるかどうか心配で、自分で葬式代を貯金したり、生前に業者に支払う人が結構いるらしい。こういう発想は中国人にはない。

 中国では、葬儀代は普通「単位(ダンウェイ、職場のこと)」が負担してくれる。もし何らかの理由で職場が負担できないとしても、遺族や友人が必ず金を出し合って式を行う。基本的に会社がやってくれるから、日本のように悲しみにまぎれた「ぼったくり」に遭う心配もない。

 兄の場合もすでに退職して8年経つのに、勤務先の工場が何万元も払って葬式をしてくれた。「お金は生きているうちに使わなきゃダメ」が中国人の基本的な考え方。兄の家も3世帯同居の家庭だったから、もしもの時の不安感などなかったはずだ。家族が助け合うのは葬儀だけでなく病気のときも同じである。

 そういう意味では、中国人のほうがまだ日本人より家族や友人の情はずっと濃い。死後の葬式の心配をしなければならない日本のお年寄りは、たとえお金があっても中国人より幸せと言えるだろうか。

■歌舞伎町案内人はあと14年の命?

 墓の考え方も中国人と日本人は違う。墓石を建てるのは同じだが、基本的に1人1つ。日本人のように「家の墓に入る」という考えはない。私の父は珍しく仏教徒で金持ちだったのでかなり大きな墓をつくったのだが、その後死去した母とは「別居」している。私もその中に入るつもりはない。

 ちなみに中国には以前は土葬の習慣があったが、最近は少数民族を除いて火葬が義務づけられている。新中国成立後、中国で唯一おおっぴらに火葬を逃れたのはわが故郷の大先輩、毛沢東だけである(遺体は今でも北京の天安門広場にある毛主席紀念堂に安置されている)。

 兄の訃報に接したあとは、中国語の「節哀(ジエアイ、悲しみを抑えるという意味)」の気持ちで、ときに楽しく酒を飲み、カラオケを歌って過ごして来た。あまり正直に悲しみすぎると、倒れてしまいそうになるからだ。

 実はわが父も今から17年前に63歳で死去している。死因は兄と同じ脳出血。58歳で逝去した母の死因も同じだった。ということは、現在49歳の李小牧の残りの人生は長くてあと14年(笑)。

 というのはもちろん冗談だが、6度結婚して3人の子供をつくり、バレエダンサーから新聞記者、そして歌舞伎町案内人とありとあらゆる仕事を経験してきた悔いのない人生をもっと悔いのないものにしていきたいと、兄の死をきっかけに改めて思うようになった。

 私は自分の葬式の心配はしていないが、死んだら骨は中国でなく日本に埋めるつもりにしている。日本は私が青春を過ごし、大きく成長した国である。歌舞伎町案内人は女性に二股をかけるのは得意だが(笑)、そういうところは律儀なのだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ラムシュタイン会合の開催延期、バイデン氏の訪独取り

ビジネス

利下げ急ぐべきでない、今後はより緩やかなペースで=

ビジネス

ユーロ圏インフレに上振れリスク、賃金上昇など=アイ

ワールド

ハンガリーの対ロシア・中国政策、安全保障のリスクに
MAGAZINE
特集:米経済のリアル
特集:米経済のリアル
2024年10月15日号(10/ 8発売)

経済指標は良好だが、猛烈な物価上昇に苦しむ多くのアメリカ国民にその実感はない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    コストコの人気ケーキに驚きの発見...中に入っていた「まさかのもの」とは?
  • 2
    戦術で勝ち戦略で負ける......「作戦大成功」のイスラエルを待つ落とし穴
  • 3
    ウクライナ軍がミサイル基地にもなる黒海の石油施設を奪還か、当局が作戦映像を公開
  • 4
    ストームシャドウ、GMLRSでロシア軍司令部を「首尾よ…
  • 5
    2匹の巨大ヘビが激しく闘う様子を撮影...意外な「決…
  • 6
    神田伯山が語る25年大河ドラマ主人公・蔦屋重三郎「…
  • 7
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはど…
  • 8
    トランプに異変? 不屈の男がここにきて「愛」を語り…
  • 9
    EUでドイツの影響力低下、中国EV関税問題で鮮明に
  • 10
    ウクライナ、ロシア国境奥深くの石油施設に猛攻 ア…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    キャサリン妃がこれまでに着用を許された、4つのティアラが織りなす「感傷的な物語」
  • 3
    借金と少子高齢化と買い控え......「デフレ三重苦」の中国が世界から見捨てられる
  • 4
    コストコの人気ケーキに驚きの発見...中に入っていた…
  • 5
    アラスカ上空でロシア軍機がF16の後方死角からパッシ…
  • 6
    【独占インタビュー】ロバーツ監督が目撃、大谷翔平…
  • 7
    2匹の巨大ヘビが激しく闘う様子を撮影...意外な「決…
  • 8
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 9
    NewJeansミンジが涙目 夢をかなえた彼女を待ってい…
  • 10
    ウクライナ軍がミサイル基地にもなる黒海の石油施設…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 3
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 4
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 5
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 6
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 7
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 8
    エコ意識が高過ぎ?...キャサリン妃の「予想外ファッ…
  • 9
    キャサリン妃がこれまでに着用を許された、4つのティ…
  • 10
    キャサリン妃の「外交ファッション」は圧倒的存在感.…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story