コラム

メディアのメタボ症候群と自民党の罪

2009年08月19日(水)15時35分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 日本のニュースを見ていると、これはまずい水割りかと思うことがある。水が多すぎて、肝心のアルコール、つまり「意見」が薄まっているからだ。

 私たちジャーナリストは、何でも記事にするくせに自分たちのことだけは書かない性癖をもっている。だが日本で歴史的な政権交代が起ころうとしている今は、報道機関のあり方についての議論を始める絶好の機会でもある。いま私たちが目の当たりにしている民主的な論争は、報道機関にも大きな影響を与えるからだ。

 自民党の一党支配が続いたせいで、日本の報道機関も1つの声しか発しなくなった。毎日新聞も朝日新聞も読売新聞も、見出しは毎朝そっくりだ。かつての健全な2大政党制に戻り、対峙する両党がそれぞれの主張を展開するようになれば、報道機関もどちらの立場を支持するか鮮明にせざるをえなくなる。それは、読者の関心を取り戻すチャンスでもある。

 新聞の読者は減り続けている。代わりに日本人は、お笑い番組を見るかヤフーでニュースを読む。販売部数の急減で、今後多くの雑誌や新聞が消えていくだろう。日本では、この変化はとりわけ大きなものになる。日本のメディアは1つの仕事をこなすために地球上のどのメディアよりはるかにたくさんの人手をかけてきたからだ。しかも必要なコスト構造の見直しを何年も先延ばしにしてきたため、ムダは異常なレベルに達している。メディアのメタボリック症候群だ。

■1件の取材で仏滞在1週間のメタボぶり

 NHKの夜7時のニュースはほとんど国内ニュース中心だが、NHKはほとんど他に例がないほど大規模な海外特派員網をもっている。報道カメラマンやビデオジャーナリストもそうだ。記者会見場に足を踏み入れると、いつもそこには新聞やテレビのカメラマンが何十人もいて、まったく同じ退屈な光景を撮影している。1人の人間ですむ仕事だ。

 NHKの夜7時のニュースを見ていると、テレビカメラマンの仕事は、首相が総理官邸に入るところと出てくるところを撮ることだけのように思えてくる。繰り返すようだが、これはニュースではない。ビデオによる「監視システム」だ。こんな仕事は、首相官邸に設置されている監視カメラに任せてしまえばいい。新聞が毎日、朝刊と夕刊を出すシステムも他の国にはない。

 私たち外国人ジャーナリストはよく、日本の同業者を羨ましく思ったものだ。彼らは世界の主要都市に支局を構えている(対照的に、日本に専属の特派員を置いているフランス紙は1社だけだ)。以前、日経新聞の記者2人に会ったときは、フランスの極右指導者、ジャンマリ・ルペンをインタビューするためにパリへ行くと言っていた。なんとそのために、フランスに1週間滞在するという。たった1件のインタビューに1週間とは!

 だが、こんな金の使い方は持続不可能だ。人々は今、情報はタダであるべきだと考えている。ほとんど中身の変わらない大新聞各紙と、さらに地方新聞にお金を払う理由などない。そして彼らは正しい。ニュース業界には奇妙なパラドックスがある。日本においてとくに顕著なのだが、ジャーナリストの数が多ければ多いほど、ニュースが少なくなるのだ。ジャーナリストの数が多ければニュースの質が上がるというわけではない。むしろ実際は逆のようだ。世界中に特派員網をもつ割には、日本人は世界で何が起こっているかをよく知らない。

■英雄的な記者をなぜ称えないのか

 一方で、日本には勇気ある調査報道記者が沢山いることも事実だ。ビルマで射殺された映像ジャーナリストの長井健司は、日本のロバート・キャパだと思う。それなのになぜ、それにふさわしい地位と名誉を与えられなかったのだろう。なぜ天皇は長井の妻に会わなかったのか。日本のメディアはなぜ業界としてこの英雄の像を建てなかったのか。彼こそはジャーナリストの鑑ではなかったか。メディア界は、長井が私たちジャーナリストすべてのために死んだのだということを理解しなかった。彼は私たちの名誉を守ってくれた。私たちの罪や妥協を、その血で洗い流してくれたのだ。

 では未来はどうなるのか。私は、新聞大手は自らをニュースの提供者ではなく影響力の提供者だと考えるべきだと思う。そのためには今よりもっと積極的になり独自の主張をもつ必要がある。8月30日の総選挙とともに、報道機関にも歴史的変化の時が訪れる。彼らがそれを活かせることを祈りたい。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story